![]() ── エピローグ ── ★ Illustration Top:Swan ★ ◆
文化祭、当日。 横浜市立 一月おくれということもあり、風はちょっぴり冷たかったが、天気はイイ。 すわんとミキは、校舎裏に立つ。 二人は、それぞれの超級剣姫の衣装を着て、それぞれの超級幻我を手にしている。 劇の上演は、午後からの予定。 主役のすわんは、準備は手伝わなくていいから、舞台衣装を着て、宣伝してこいといわれた。 なんだか知らないが、その場にいあわせたミキも、衣装だけ完成していた初出超級剣姫のカッコをさせられてしまう。 ミキとしては、ま、極端に露出度が高いというワケでもないし、今日はお祭だからまあいいか、という感じ。 なにより、鯖斗ブランドの衣装、というのがウレシイ。 二人は宣伝がてら、校舎をブラブラしようかと思っていたのだが、周囲の反響が予想以上にすさまじく、人垣ができるわ、フラッシュ攻めにあうわで、とてもブラブラどころではなくなってしまった。 しょうがないので、ほとぼりが冷めるまで校舎裏で時間をツブそう、ということになる。 人目をはばかりながら、校舎裏に来ると、先にまひるがいた。 倉庫に材料を取りにくる途中。 ここで、ひなたぼっこしている猫たちの中に、三毛猫のランジェロがいるのを見つけたのだとか。 ランジェロの散歩コースに、烏鷺帆中学も含まれているらしい。 すわんとミキは、廃材の山の上にハンカチを敷いて、腰かけてた。 そのわきで、まひるがランジェロのノドを、やさしくなでている。 ゴロゴロ、なーごっ。 ミキが、すわんに問う。 「じゃ、ホントにすわが、その猫を死んでなかったことにしたわけ?」 その発言に、すわんは心外そう。 「ちゃんと、そういったでしょ……おミキってば、私のいったコト、信用してなかったの?」 「ゴメン、ゴメン……そーゆーワケじゃないけど……なんかホンモノ見ないと、実感わかなくてさ……」 たしかに、ミキの記憶でもランジェロは、死んだことになっている。 「でもスゴイのよ……去年の写真に、ちゃんとランジェロが写ってるんだから……」 「へーえ……ま、当然といえば、当然だけど、たしかにスゴイわ……」 あの後ミキは、すわんからすべての事情を説明されている。 異様な話だが、信じたいと思う。 だが、いくら頭で理解しているつもりでも、実際の証拠がほとんどない。 ほとんどが、なかったことにされている。 生きたランジェロだけが、すわんが起こしたという奇跡の、唯一の証人……もとい、 足元で、まひるが笑っていう。 「だからね……ランジェロがホントは死んでたなんて、みんなには言っちゃダメだよ」 「わかってるわ、まひるちゃん……」 にっこりして答える、ミキ。 まひるはかつて、自分を人形のように操り、すわんと対決させたのだそうだ。 この件については、まひるからキチンと謝罪されている。 ミキ自身は記憶にないコトだし、私生活にはいっさい干渉しなかったという話も聞いているので、とくに不快感はなかった。 ……なにより、鯖斗に告白するキッカケにもなったしね…… むしろ、 すわんにむきなおる、ミキ。 「じゃ、ホントにそんなスゴイ力を手に入れたのに、結局、ランジェロちゃんを生きてることにしたのと、すわの近視を直しただけなの?」 「……近視を直したってのとは、ちょっと違うケド……ま、そゆことね」 そういって、超級幻我を正眼に構える、すわん。 いまは舞台衣装のまま、眼鏡をかけている。 すでに、超級剣姫としての能力を失っているすわんではあるが、唯一、眼鏡をかけてもかけなくても変わらない視力だけは、ゲンガに頼んで残してもらう。 花びらにヘンな模様が見えたり、暗闇がバッチリ見えちゃったりと、見えなくてもイイものまで見えてしまうので、ちょっとばかし慣れが必要。 紫外線や赤外線といった、可視領域外のモノが見えているとのコトである。 結局、すわんがゲンガに頼んだのは、世界を今のまま継続させるコトと、一部をのぞき、《猫と狩人》の存在を封印すること。あとは例外的に、すわんの超視力の維持と、ランジェロの死の事実の変更だけを頼む。 ただ、それだけ。 変革前の記憶を持っているのは、すわん、まひる、ミキ、鯖斗の四人。 あとの人間も、記憶と物的証拠を封印してあるだけで、超級剣姫と《猫と狩人》が闘ったという事実そのものを、なかったことにはしなかった。 世界をどう変革しようとも、今回のような出来事が二度と起こらないという保証はないのだから、いっそ現状を維持し、非常事態に備えようという鯖斗の考えである。 だから、すわんやまひる、それに、元《猫と狩人》のメンバー達も、ふたたび力に目覚める可能性は残してあった。 ちなみに、樺良の記憶もバッチリ封印されてはいるのだが、彼の場合、たとえ何をしてもヤル時はヤルだろうから、脅威を百パーセント消し去るコトは、ハナからあきらめている。 むしろ、樺良が暴走した時の抑止力として、これらの力は残されているのだ。 すわんは言う。 「コレでいいのか?っていわれると困るけどさ、奇跡の力で根本的な問題を解決しちゃおーってゆーのは、間違いだと思う……ホントはね……わたしは、どっちかってゆーと、世界の運命よりも、おミキの恋のほうが、ずっと、ずっと重要な問題だって気がするの……世の中、まちがってるコト……直さなきゃいけないコトは多いんだろうケドさ、わたしは、おミキがぶつかっているカベを、なかったコトにはしたくなかった……ホントよ……だから、最後のさいごまで、わたしに闘う力をくれたのは……おミキだったよーな気がするの……ほんとのホントによっ」 思いのほか真剣な、すわん。 顔を真っ赤にして困惑する、ミキ 「えぇ?……そ、そんな大袈裟にいわないでよ……恋なんて、誰でも悩んでるコトじゃない……」 それに応えたのは、まひる。 「まひるもね……ちはるお姉ちゃんの恋の悩みが、世界全体の運命よりも軽い、なんて絶対思わないよ……まひるが、 力説。 「そうですわよ……おミキ。もっと自信をもちなよっ!……なんたって、世界の運命を賭けて闘った二人が、こんだけ保証するんだからさっ!」 「たはは……あなたちに言われちゃうと、返す言葉もありませんよっ」 笑う、三人。 ◆
それからしばらくして、すわんは話題を変える。 「ところでさ、おミキ……鯖斗君に告白、したんだよね……」 ドキリとする、ミキ。 思わず、初出超級幻我をにぎりしめた。 まひるが、興味ぶかげに見守る。 「う、うん……したよ……でもね、なんか気になるコトがあるから、それが解決してから、返事してくれるコトになっててさ……結果は保留中、なんだ……」 「ふーん……そなんだ.。いやね……今朝、鯖斗にいわれたんだケド……今日の公演が終わったら、なんか話があるから、時間を作ってくれってゆーのよ……」 ミキとまひるは、思わず顔を見合わせる。 「ね、おミキ……鯖斗の話って……ナンだと思う?」 すっとぼけ、すわん。 にぎりしめた初出超級幻我が、汗でスベる。 そう思いつつ、ミキ。 「さあね……わたしには……ナンとも言えないな……すわが一番イイって思うように、すればいいんじゃないかなぁ?」 歯切れが悪い……自分でも、そう思う。 「まあ……そーなんだけどねぇ……」 納得いかないよーだが、この場合、納得されても困るのよっ。 まひるがミキに、小さく肩をすくめてみせる。 ふぅ。 苦笑する、ミキ。 先日、まひるに相談された。 ナンだか山際からすが、すわんラブになってしまったらしい。 しつっこく、すわんのコトを聞いてくるので、困っていると。 あと、同級生の少年に、ずっと好きでしたと告白されてどーしよー、とか。 なんやかやで、まひるも気苦労がたえないな、と思う。 しっかし、すわんのニブさもココまでくると、犯罪的だわ。 どーゆー精神構造をしてるのやら……一度、 ……たしかに、恋の問題とゆーものは、下手な政治問題よりもヤッカイかもしれないな…… ◆
午後、体育館。 ステージ前に、パイプ椅子がずらりと並ぶ。 客の入りは、まあ、大盛況といっていいだろう。 とりあえず、席は全部うまっていたし、立見の客もちらほらと。 まひるは前のほうの席で、開演を待っている。 今日は、色々な人に会った。 ひょっとしたら、共に新たな世界を構築していたかもしれない人々。 目の前を、ウワサの彼氏をひきずった 右ナナメめ前の席に、仲良くすわっている なんか、見てるこっちがハズかしくなるほどの、アツアツぶり。 真横の、はじっこの方の席に、 あいかわらずの無表情で、座っている。 きっとまた、暗算で円周率の計算でもしてるんだろう。 そーゆーことが、ヒマつぶしになるらしい。 後ろをふりかえると、二つ後ろの列に座っていた 思わず視線をそらす、まひる。 どんなカオをしていいのか、わからない。 悲しい光景だった。 『精神を調節できる者は、得てして精神を調節しないこと かつて、樺良に調節されたときに読み取った思考。 樺良という存在の、ほかのすべてが間違っていたとしても、これだけは正しいと思う。 まひるにとって、それは美学なんてカッコイイものではなかったが、不思議パワーで創りだした感情に、なんの価値も見いだせなかったのは事実である。 ほかにも、見知った顔がちらほらと…… みんな、 でもまひるは、フツーのニンゲンというものが、実はさまざまなモノに束縛されていたことに気づいている。 それは、親だったり、先生だったり、先輩だったり、友達だったり、恋人だったり、会社の上司だったり……家庭だったり、学校だったり、会社だったり、国家だったり、民族だったり、時代だったり、世界だったり……女であること、男であること、人間であること……そして今、ここに存在すること……目に見えるモノ、目に見えないモノ……さまざまな、『しなければならないコト』と、『してはいけないコト』が、この世界にはある……それに束縛されていると、自由はえられない……でも、これを無視すると、生きていくのはツラい…… それは、 ましてや、ただの人間に…… 王鳥まひるという、ただの人間にもどった今、よりハッキリとそれを感じられるような気がする。 あまりにも、束縛された世界。 むしろ、 夢も、希望もありゃしないね…… かつて、 『歴史など、大いなる混沌の闇の中で、秩序の もっともだと、思う。 もっともだと、今は思える。 奇跡の力をもとめて、地道に努力するのがイチバンって結論をだすのも、なんかアホらしいが。 それともコレが……『平凡だけど、最善の結論』……なのかなぁ? 「どーしたの?まひるちゃん、キョロキョロして……」 隣にすわる、制服に着替えた 彼女だって、これからが大変だというのに、平然としている……ように見える。 水泳部に復帰したはいいが、『強引に退部したクセに、ノコノコ帰ってきやがって、ちょっと記録がイイからって調子にのってんじゃない?』と陰口をたたかれてる……さっき、そんなことを話してくれた……笑いながら。 自分の弱さを見せない強さと、自分の弱さをさらけ出せる強さ……どっちがホントに強いんだろう? 「あっ……いえ、ナンでもないですっ」 そういって前をむき、姿勢を正す。 舞台のほうが、ざわつきはじめる。 幕の間から、チョットだけ谷々鯖斗が顔を出す。 ものすごく、いそがしそうだ。 まひるは、ミキの表情をみようと思って、やめる。 きっと、ナンてことない顔をしてるんだろうな……内心はともかく…… 「あーん、チョットまってよ~。せっかく、すわちゃんのハレ舞台なんだからぁ~」 「あんまり騒がないでくれよ、他のお客さんの迷惑になるだろ……」 「だって、だぁって、だあぁぁぁってぇ~」 うしろの方で、ぶんぶん腕をふりまわしてダダをこねている王鳥あずさと、それをなだめる王鳥飛翔。 その騒ぎに、ミキが立つ。 「ちょっと、行ってくる……まひるちゃんは、ココにいてっ」 有無をいわせぬ、ミキ。 まひるは自分のプログラムを、ミキのパイプ椅子にのせて、席をキープ。 「れれ……?」 いま、視界の隅を、谷々樺良が歩いていくのを見たような気がした。 暗くてよく見えないが、独特のエラソーな歩きかたなので、けっこう目立つ。 今日は、学校に来ていたのだろうか? 二度と顔をあわせたくないハズなのに、なぜか気になる不思議な人だ。 そーいえば……樺良の目指す理想世界って、どんなカンジなんだろう?……結局、精神をくまなく探査しても、肝心な部分にはプロテクトがかっかっていて、見えなかった。 まひるは思う……ひょっとすると、樺良の世界は、案外マトモなのではないだろうか? たとえ、人間にとっては都合が悪くても、この世界全体にとってはイイかもしれないし。 もしそうだとしたら……自分はどうするだろう……わかんない……わかりっこ、ないよね。 ミキが席にもどって来る。 「あずささんたち、予備の席を出してもらって座れたよ……できるだけ、前のほうにしてもらったから……」 「どーも、アリガトーございますっ」 「イエイエ、どーいたしましてっ」 二人は少し、笑った。 心が悲しくても、笑えばチョット、楽になる。 だけど、笑ったはずなのに、まひるはちょっぴり、涙が出た。 ヘンなの…… そう思って、また、少しだけ笑う…… 幕がおりたステージむこうで、すわんは今、どうしているだろう。 きっと、これから始まる舞台のことだけに、集中していると思う。 そのあとのコトなど、これっぽっちも考えてはいないだろう。 まひるは、姉の本気がどういうものか、イヤというほど知っている。 あとさき考えぬ、がむしゃらな情熱……それが、《猫と狩人》の野望を砕いた。 今日はその情熱が、素晴らしい舞台を生み出すことになるだろう。 ……それはわかる。 だが、本気で恋をする姉がどういうものかは、まだ誰も知らない。 舞台がおわり、鯖斗に告白されたとき、彼女はいったいどうするのだろう? ……それはまだ、わからない。 そしてその結末が、まひるとミキの青春を、大きく左右することになる。 本人に、自覚があろうと、なかろうと…… でも、二人が漠然と感じている脅威は、きっと思いすごしではないだろう。 それは、 すわんとは、そんな少女。 まえから、知ってたことだけど……。 みんな……それぞれの人生を、送っている。 なにが正しくて、なにが間違っているかなんて、わからない。 どこから来て、どこへ行くのかなんて、興味ない。 ただ、 べつに、正解なんてない。 努力したから、報われるワケでもない。 進歩しないからといって、見捨てられるワケでもない。 わからない……なにも、わからない。 でも、これだけは言える。 できれば、これだけは言いたい。 これだけは、ゼッタイに言わせてほしい。 まひるは、からすが好きなのだ。 ずっとまえから、好きなのた。 どうしようもなく、好きなのだ。 ふりむいて…… ふりむいて欲しい…… なにがナンでも、ふりむかせてみせる…… 強く、そう思うのは、 誰かに、『そうしなければいけないよ』と言われたワケでもない。 奇跡の力で、ズルはしなかった。 裏技でエンデングを見ても、むなしいだけ。 まひるの恋は、まひる自身でナンとかするよ…… ただそれだけが、すわんに開放してもらった、自由な精神の素直な 負けるもんかっ…… そして、開演のブザーが鳴り、舞台の幕が、ゆっくりと上がりはじめた…… |