![]() ── その五、みなとみらい、からすの決着 ── 十八
『どっ、おうあっはぁぁぁぁぁ!!』 すわんは、インターコンチネンタルホテルの屋上から吹き飛ばされる。 それでも、なんとか まだいける。 ふたたびランドマークタワーの方角に、複雑なスピンがかかったまま飛ぶ、すわん。 クイーンズタワーAの壁面をかすめながら、重力と空気抵抗で放物線を描いて落下する。 落下はともかく、このスピンはやっかいだった。 蒸気を噴射して、無理矢理制動をかける……わけにはいかない。 無駄な消費は、敗北につながる。 すわんは両手を広げ、剣を横に突き出して、空気抵抗を調節。 といっても、訓練したわけではないので、テキトーにじたばたしてるだけ。 それでも、数秒で感覚をつかむ。 もともと、センスは悪くない。 ランドマークタワーの壁面に激突する寸前、スピンを解消したすわんは、最小限の蒸気を背中から噴射して、軽く窓ガラスに着地。 そこに、初出超級幻我の蒸気投射が着弾する前に、壁面ををダッシュ。 その場で、破壊をなかったことにはできないが、最後にまとめてやればイイことだ。 壁面の端まで走り、ビルの角を蹴る。 その右前方には、旧横浜船渠第1号ドックに保存されている帆船、日本丸。 左後方から、 すわんは蒸気の翼を形成し、落下しながら二秒だけ蒸気を噴射して気速をつける。 旋回して、ふたたびランドマーク方向へ。 ビル風を利用して、高度かせぐ。 夜景が、みるみる縮小する。 現在、すわんはランドマークタワーを下に見て、飛行中。 横浜一帯を一望できる。 横浜スタジアムのむこうに、烏鷺帆町と幌巣町の街の灯。 それが、二つの水滴が混じり合い、一つの円を生む、巨大な陰陽の紋を形作る。 魔法陣、 綿密な年計画により設計、建設された、巨大な これこそが、樺良が《猫と狩人》と狩人を創設し、 なんだか、谷々家にまつわる因縁があるらしいが、鯖斗にもよくわからないという。 そもそもの原因は、樺良がこの魔法陣の力を導き出す手段を解明したことに始まったのだということが、最近判明した。 この件に関して、樺良は完全黙秘を守っている。 貴様らに説明する義理はない、とのこと。 ただ、 むしろ、重要になってくるのは、この闘いがすわんの勝利に終わったその後だと、鯖斗はいう。 樺良が自分の理想を放棄しない限り、また同じことがおこるかもしれないのだ。 まったく、コリない変態美形さんである。 などと考えていると、急にカクンと落下をはじめる、すわん。 『はれ?』 速度が低下し、翼が揚力を発生させられなくなる、失速状態。 しかし、落下により速度が回復し、すぐにコントロールを取り戻す。 『あービックリした……お!?』 前方に、 コレ幸いと、すわんは剣を突き出しながら、まっすぐ 背中の翼が後退し、降下速度が増大。 急激に加速する、すわん。 一直線に そのまま、降下を続ける。 気速がつきすぎると、思うように剣が振れない。 うかつに振ろうとすると、バランスを崩しそうになる。 かといって、蒸気を投射する余裕もなかった。 考えろ。 なにか、手段はあるハズだ。 とりあえず、斬り合いに持ちこまなければ。 空地側から、みなとみらい21地区に進入し、パシフィコ横浜の上を通過し、インターコンチネンタルホテルを左に見て、川のむこう、移築中の観覧車の方角へむかう。 後方を追撃する、 すわんは一瞬、蒸気を逆噴射して、失速ギリギリまで速度を落とし、 ふたたび蒸気を噴射して、加速……背後を取る。 力を振りしぼり、蒸気の刃を発生させた剣を斬り下ろす。 また、微妙に回避される。 だが、終わらない。 ふたたび、剣を斬り上た。 回避しきれず弾き飛ばされ、コントロールを失う、 すわんも無理な動きをしたため、失速し地面に落下。 『畜生……やりやがった!』 観覧車のフレームに着地した 傷は浅い。 彼女は、真下の道路を高速で疾走中。 宙に舞う、 観覧車の下にある駐車場で、激突する二人。 突き出された初出超級幻我に、受けの姿勢のすわん。 気合を込めて、刃全体から紅浄気を噴出させる。 火花を散らせ、攻撃を弾く、すわん。 驚愕の、 やはりそうだ。 紅浄気を発生させた彼女の周囲では、空間転移は作用しない。 敵の攻撃は可能なかぎり回避し、それでも防げない場合だけ、紅浄気を発生させて受ける。 こちらは、威力の高い刃による直接攻撃をねらい、それ以外の蒸気投射等の牽制は、可能なかぎり威力を落とす。 イケる。 駐車場を破壊し、観覧車のふもと、建設中のジェットコースターの間をぬけると、そこは川。 右折して、すこし進んだ先にある国際橋を通過。 『ン、なろぉ!』 パシフィコ横浜を右に見て、直進しようとするすわんに、タックルする 左に飛ばされたすわんは、 クイーンズスクエアの三連ビルを右に見上げ、さっき上空を往復した道を進む。 あちこちで煙が上がり、パトカーや消防車、救急車がすわんの横を通りすぎていく。 見れば、蒸気投射のとばっちりで破壊された車や建造物、それに負傷したり……死んだりしている人が運ばれていく。 『ゴメン……もうすこし待ってね』 すわんは、 二人はそのまま、ランドマークタワー前を通過し、日本丸を左にみて、動く歩道のある高架通路に跳びのる。 そこで、 右上に、ランドマークタワーの偉容を見ながら、扉を破壊し、閉店したショッピングモールに突入。 右折して、クリスマスの飾りつけがされた、吹きぬけのフロアを、跳ぶ二人。 天井から急降下したすわんと、床から跳躍した 両者、紅い蒸気を吹く。 ショッピングモールをぬけ、外に出た二人は、金属の奇妙なオブジェを蹴りながら、左に。 そのまま、ムリヤリ翼を展開し、空に舞う。 北は臨港パークから、南は桜木町駅まで。 ふたたび、みなとみらい上空で空中戦をくりひろげる、二人。ときには地上に降り立ち、刃で打ちあい、また宙に舞う。力関係が逆転した それで、互角。 急旋回で背後を取った 上昇と下降性能ですわんが勝り、旋回性能で 必然的に、タテとヨコの闘いになる。 その間も、すわんはずっと考えていた。 勝つために。 なにか……何か勝つ方法を見つけなければ。 浄気の供給が再開されれば、パワーで押し切る自信もあった。 このままでは、先に力を失うのは自分である。 なにか、破壊された柄頭を再生する方法は? ありったけの力を使って……いや、超級幻我自身は浄気の力では再生できない設定のハズだ。 その分、やたらと丈夫にできている。 鯖斗なら修理できるだろうが、おとなしく行かせてくれるワケもない。 なにか…… 浄気…… 浄気の力で再生…… 浄気ってナンだ? 仙境より召喚した ナニそれ? そこで、すわんは鯖斗とのある会話を思い出す。 「鯖斗君、超級幻我のメーターの上にあるこの模様って、なに?」 その模様は、剣に固定された三ツ目のメーターの上に小さく描かれている。 一見すると、イカのような模様で、三角形と台形を組みあわせた体の下に、三つの目玉と十本の触手がベタ塗りで描かれていた。 「昔の資料に描いてあった模様を、そのまま使ったんだが、正直、俺にもわからん。三ツ目だから、超級幻我に関係あると思うんだが……なんでイカなんだ?」 「イカっていうより……私には、ロケットのようにも見えますわ」 「だが……コレには柄頭がないんだよ。これじゃ、御水を召喚できないから、噴射する蒸気が発生させられないぞ……」 「じゃ、ナンなのかしら……」 「さあ……」 それで、会話は終わってしまった。 ただ、ソレだけの話なのだが…… 『そっか……』 急旋回中の負荷に耐えながら、すわんはひらめいた。 前方を飛ぶ 左の三菱重工横浜ビルをまわりこみ、右の横浜銀行本店ビルの間を抜けた先に、ふたたびランドマークタワー。 そこですわんは、わざと翼の構成力を弱める。 旋回の負荷に耐えきれなくなった蒸気の翼は 翼を失ったすわんは、ランドマークタワーの右にある、日石横浜ビルの方向に吹っ飛ぶ。 すわんは空中で姿勢を整えると、蒸気も吹かず、日石横浜ビルの壁面に着地。 それからもう一度跳躍すると蒸気の翼を構成し、残る力のすべてを込めて蒸気噴射。 三百メートルを一気に上昇し、ふたたびランドマークタワーの屋上ヘリポートに立つ。 圧力計の針は、ほとんどゼロ。 温度計の針も、五十度を切った。 陰陽計の針は、敵の力を感知できない。 まにあうか? 体が重い。 残る力は、ほとんどなかった。 ズシリとした手ごたえの超級幻我を天にかざす。 そして唱える。 「大気にあまねく、すべての浄気よ……我が剣に宿れ!!」 超級幻我が、にぶく発光する。 だが、何もおこらない。 浄気投射。 足もとがはじける。 それでも、すわんは動かない。 ダメなのか…… いや、絶対にできる!! そう、信じることが力になる。 揺るぎない信念こそが、残された最後の力。 もう一度。 「大気にあまねく、すべての浄気よぉ!……我が剣に宿れぇ!!……宿れったら、宿れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」 すわんの絶叫。 一瞬、白い輝きを増す、超級幻我。 だが、それもすぐ消える。 それでもすわんは、絶対にダメだとは思わなかった。 やがて、気づく。 超級幻我の刃に、うっすらと白い煙が流れ込むのを…… さきほどビルを昇るために噴射した白い蒸気が、ふたたび刃を目指して流れてくるのを…… メーターの針が、ゆっくりと上昇を開始する。 しかし、黒い翼は眼前。 すわんは、恥も外聞もなく、横に跳んでゴロゴロ転がる。 宙を舞う 斬り裂かれるヘリポート。 その裂け目は、まっすぐにすわんを狙う。 もはや、攻撃を受ける力もあるまい。 そう、判断した 『 「っざけんな、ヤキトリ風情がぁぁぁ!!」 力強く立ち上がる、すわん。 衝撃。 そして、紅の浄気に包まれた剣で、 そのまま跳ね上げて、 『バカヤロ……そんな力が、どこにあるってンだよっ』 上空で、納得いなかい表情の いつしか夜空が曇で埋まり、季節はずれの雷雲が発生している。 強風にあおられて、やむなく屋上に着地する、 やがて渦は、竜巻となって屋上に落下してくる。 その先に、すわんの剣。 あの雲は雷雲ではない。 あれは……浄気の雲だ。 三ツ眼のメーターの針が、加速度的に跳ね上がる。 上空にわだかまる雲をすべて吸収し終わると、ふたたび風の音だけが屋上を流れた。 すわんの体が、帯電して火花を散らす。 圧力計の針は、振り切れて固まっている。 「簡単な……ことですわ」 すわんは、つぶやく。 『あんだと?』 剣を構えながらも、および腰の 「簡単だと、申しているのです……この現象は」 『オマエに、力など残っていないハズだ……柄頭を破壊されて、浄気のモトを召喚できないだろうが!』 「そんなことは、ありませんわ……確かに柄頭から さらりと言う。 『バカな……そんな設定、 「いま、考えたのだから、あるわけないでしょう」 『へぇ?』 「だからぁ……いま、テキトーに考えた設定だから、誰も知ってるワケないって、言ってんのよっ」 本音の、すわん。 『どーゆーコトだ?』 まだ、納得できない 納得してもらう必要はゼンゼンないのだが、すわんは説明する。 なんせ、今日まで他人の説明を理解させられてばかり、だったのだから…… 「だってさ、放出されちゃった浄気が、その後どうなるかなんて、鯖斗の設定には書いてなかったモン……雨になって降るとか書いてあったらアウトだったケド……んで、考ええたワケ……放出された浄気は空気とまざって、地球の大気を循環してるって……別に消えちゃうワケじゃないって設定を、いま、考えたのよ……それで逆に、超級幻我の刃から吸収させたの……最初は力が弱くて、ちょっぴりしか吸収できなかったけど、吸収した浄気で力を高めれば、ドンドン吸収できるようになるって寸法よっ」 エヘンと胸を張る、すわん。 『んな、アホな……ズルイぜ、そりゃ……』 あきれる、 吸収するのに使用する浄気力の方が、得られる浄気よりも多いのではないか?というツッコミは不可である。そーゆーコトが出来るとすわんが信じて疑わなかった以上、それでオッケーなのだ。鯖斗の設定のスキをついた、見事な……というか姑息な理論である。 だが実際的にすわんの行為は、剣に宿る多重 かつてない強大な力が、すわんに宿っていた。 すわんは走る。 剣を振る。 右ナナメ後方に転移する、 それを読んでいたすわんは、剣から発する蒸気の刃を歪曲させる……右が左かはヤマ勘。 出現場所をバッチリ読まれた 横浜の空に放り出される、 すわんが追う。 漆黒の翼をはためかせ、落下で気速をつける 背後で、爆発音。 何事かと振り向こうとした 『グガッ、ウふっ』 口と傷から、紅の蒸気を吹く 舞い散る、黒い羽根。 初出超級幻我が、あらぬ方向に飛ぶ。 蒸気の翼を背に生やしたすわんの手に、超級幻我。 だが、推力を発生させているのは、蒸気の翼ではない。 すわんの手にある、超級幻我の柄から、白い蒸気の噴流がたなびいているのだ。 ちょうど、三ツ眼のメーターの上にある、イカみたいな模様のように。 この模様がヒントだった。 柄から蒸気を噴射するには、どうしたらイイか? これを逆算して、大気中の浄気を吸収する、というアイデアを思いついたのだ。 すわんは、加速を続ける。 背中の翼が後退し、 烏鷺帆町と幌巣町の上空を一瞬で通過し、根岸を越えて東京湾に出る。 翼が立体的にねじれ、水平飛行から上昇にうつる。 上昇から、背面飛行に移るころには、関東地方全体が見渡せた。 地図レベルの眺め。 そして急降下。 目指す先は、みなとみらい21地区。 振動……そして衝撃。 降下速度が、ついに音速を突破。 なおおも加速。 翼は完全な三角形、デルタ翼に変形している。 蒸気の それでもまだ、肉体を維持できるとは、さっすが最強の《猫と狩人》。 『ウぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』 まだナニか抵抗したいようだが、この状況では自爆したって無駄なこと。 降下角はついに、垂直となる。 見る間に拡大する、大地。 翼から噴射される蒸気を制御して、角度を変えずに突入位置を調節する。 「ジャァァァァァァァク、メェェェェェェェェツッ!!」 破邪の声と共に、すわんは横浜ランドマークタワーの直上から突入する。 ヘリポートを貫き、振動を吸収するためのアクティブ制振装置を破壊して展望フロアを抜け、ホテルやオフィスとして使用されている七十階ぶんのフロアを、一気にブチ抜き降りる。 フロアを突破する衝撃が、間断なく そして、地下ショッピングモールのさらに地下にある、上総層の上に築かれたコンクリートの基礎に激突したところで、ようやく停止した。 鈍い、轟音。 超音速による 最下層の瓦礫の中から現れる、すわん。 飛行と肉体の防御に集中していたため、無傷。 見上げれば、自らが穿った穴の上から、焼けコゲた黒い羽が数枚、舞う。 ヤキトリというより、ケシズミである。 基礎を破壊され、二重チューブ構造の大半を砕かれたランドマークタワーは、自重を支えることができなくなり、破壊がはじまる。 四隅の柱はかなりの間、中央の構造物を支えていたが、やがては砕け、そして落ちた。 降りそそぐ瓦礫。 吹き上がる塵。 爆音 数秒後、みなとみらい21地区の象徴たる、横浜ランドマークタワーは完全に崩壊する。 空中でそれを確認してから、すわんは芝居がかった動作でふりかえり、厳しい瞳で 闇夜に浮かぶ、陰陽の紋。 その瞬間、認識が切り替わり、あらゆる破壊はなかったことになる。 超級剣姫、王鳥すわんの完全勝利だった。 十九
山際からすが意識を取り戻したとき、ちょうど上空から、すわんが降下してくるところだった。 日本丸の保存してある、博物館前の広場。 横浜ランドマークタワーの偉容を背に、白亜の帆船。 その前に、巨大な剣を手に、背中に純白の翼を生やした少女が、白煙を吹きながら舞い降りてくる。 昔からよく知っている、あまりにも整った姿の少女。 深夜にもかかわらず、彼女はなぜか、烏鷺帆中学の制服を身にまとっている。 たなびく黒髪。 おだやかな笑み。 二つのふくらみ。 なめらかな足。 優雅な仕草で大地に立つ少女を、からすはキレイだと思った。 彼女を見つめる心が、熱くなる。 「大丈夫?」 優しく声をかけられても、からすは返事ができない。 ただ、見つめかえすのみ。 ノドに、なにか詰まったような感覚。 からすをのぞき込む少女の瞳に、自分自身が映っている。 「……ナンでもねぇよ」 ぶっきらぼうにそう言うと、からすは少女の顔が見ていられなくなり、眼を閉じる。 その時すわんは、幼なじみの少年のココロに生じたわずかな変化に、これっぽっちも気づかなかった。 二十
そして、すわんは体の自由がきかなくなる。 バタリと地面に倒れた。 超級幻我が転がる。 足元に、少女の影。 彼女の頭に、ねこの耳。 彼女は表情を消し、すわんを見つめる。 その意志のない瞳の奥に、どこか悲しみが宿っていた。 「ま、ひる……」 かろうじて、発音。 苦しい。 『まひるがいくらガンバっても……からすお兄ちゃんは、ふり向いてくれなかったのに……おねえちゃん……』 巨大な力が侵入してくる。 もはやそれは、物理的な圧迫感をともなっていた。 それでも、必死に抵抗する、すわん。 なんとか、超級幻我をつかもうとする。 剣が浮き上がり、静止した。 そこにはもう一振りの剣、初出超級幻我。 紅の蒸気が吹き出す。 すわんの視界が、歪む。 痛くはない。 重くもない。 ただそこに、 『おねえちゃん……バイバイ……』 その意識を認識したとき、すわんは眼を見開く。 ガバッと起き上がり、胸に刺さる剣を抜いてから、空中の超級幻我をつかむ。 見ると、三ツ眼のメーターが輝き、そこから上半身裸の少年、ゲンガが実体化している。 すこし離れた場所で眠っている、山際からすにソックリなゲンガは、胴を不自然に伸ばし、 『まってたぜぇ、この瞬間を……』 ゲンガの声は、苦しい。 「ゲンガ……生きてたんだ……」 『バーロ、誰が死ぬかってンだ……オレはコイツがすわんを倒すためにスキ見せるのを、ずっと待ってたのさ……さぁ、早くトドメを刺せ!!』 「うん……」 すわんはそう応えて、一度は剣を構えるものの、すぐ下ろしてしまう。 『どうした……オレも、あんまし……持たなねぇぞ……』 『もが、モガ、ふごごっ……』 周囲の照明器具が、ボンとはじけた。 その被害はしだいに大きくなり、近隣のビル群にもおよびはじめる。 よほど、巨大な力で押さえつけているのだろう。 なんか、幽霊が小娘を拉致しようとしているよーにしか見えないが。 「まひる……聞いて」 すわんがそう言うのと、 ここは広場の中央。 移動できる空間は無数にあったが、 同等の力を宿してはいても、まひるには、近接戦闘ですわんに対抗するだけの力はない。 修羅に生きたすわんと、王道に生きたまひる。 戦闘技術と実戦経験の差は、圧倒的。 だからこそ、弱ってスキを見せたところを、一気に倒すしかなかったのだ。 見つめあう姉妹。 すわんは、もう一度いう。 「まひる……聞いて……まひるも見てたでしょ……わたし、自分で超級幻我の力をコントロールしたのよ……勝手に設定を作ったら、その通りになった……まひるも、わたしと同じ力を持ってるんだから、上手くやれば、自分で自分の束縛を解除できるハズよ……思いなさい……こんな、バカな真似はしたくないって……考えなさい……世界を変えずにすむ方法を……」 その言葉に、 『ランジェロは……ランジェロは殺されたんだよ……この世界に』 「え?……ナンのこと?」 思わずそういってから、すわんは思い出す。 まひるが可愛がっていた、三毛猫のことを…… 車に轢かれて死んだ、猫のことを…… あんなに泣き続けるまひるを見たのは、後にも先にも、あの一回限りである。 『おねえちゃんにとっては、どーでもイイことかもしれないけど……まひるは……とっても悲しかった……なんでランジェロを殺した人は、捕まらないんだろうって……ずっと思ってた……なんで、誰も……ランジェロが死んだことを、ホンキで悲しんでくれなんだろうって……思ってたよ……おねえちゃんも……パパやママも……まひるのの 涙を流して、 周囲を照らす街灯が、次々とスパークして弾ける。 それでも、すわんは、動かない。 「だったら、ランジェロを轢き殺した奴を見つけて、罪を償わせればイイじゃない……なんでイキナリ、世界全体を変えようってハナシになるのよっ?」 『……それ、もうやった……おねえちゃんと闘いはじめる前に……動物をイジめる人をこらしめてた時に……イチバン最初にやった……でも、その人の心の中には……ランジェロを殺したって記憶がゼンゼン、ないんだよ……覚えてもいない罪を、どーやって償わせるの?…… たかが、死んだ猫のせいで、世界を変えようとしたの、まひる? すわんは一瞬そう思い、そう言いかけたが、やめる。 自分だって、世界の秩序を守る、などというご大層な使命に燃えて闘っていたつもりはない。 結局のところ、その場のノリが大半で、あとは、日常が日常でなくなってしまうという異常な状況に、漠然とした不快感を感じていただけなのだ。 なにもまひる一人が、崇高な理想のためだけに生きなければイケナイ、という法はない。 ただ、すわんとしては、まひるが理想の実現に邁進する、リッパな指導者であるというイメージがあったので、その根底にランジェロのことがあったのは、ちょっと意外だった。 「そう……それで、なんだ。わかった……まひるがどーしても納得できないってゆーなら、わたしがトドメを……」 そこでふたたび、すわんは身動きが取れなくなる。 今度は、しゃべるコトもできない。 きょとん、とした 「やぁ、危なかったね……もう大丈夫だ」 そういいながら、現れたのは…… 『樺良部長……』 もろもろの原因である、谷々樺良。 おだやかな笑みの少年は、威厳のある身のこなしで歩みよる。 「話は聞かせてもらったよ、王鳥君。……僕には痛いほど、君の気持ちが理解できる……愛する動物を虐殺された悲しみ……思い上がったチキューケナシザル共は、動物の命など屁とも思っていない……そんな世界に鉄槌を下したいという、君の志……方法は違っても、僕らは同志さっ!」 『!?……』 ふいに気づいて、 さわ、さわ。 ねこ耳の他にもう一対、人間の耳はちゃんとある…… じゃ、まさか、あの晩の出来事を思い出したのか?とも思ったが、それもちがうようだ。 すわんを倒そうとしている時に邪魔されるならいざしらず、 ハテナマークを浮かべる 「まさか君は、まだ耳が二つとか、四つとか、そんな低レベルのコトを問題にしているのかね?……ふっ……くだらん……日々進歩する僕の博愛精神は、極めて広い範囲を許容することにしたのさっ……たとえ、半分はチキューケナシザルでも、鬼の血が混ざった旅館の女主人とか……はるかな未来、地球から遠く離れた移民惑星に生まれた、巨大なスタンガン使いの大女とか……彼女も、ねこ耳のにあう、地球外惑星の住人だからね……それに、たとえチキューケナシザルそのものでも、ねこ耳の似合い もちろん、いままで通り、フラれ青年の家に転がりこんだ真正のねこ耳美少女や、世界の制服(誤植ニ非ズ)を狙う、ふわふわのウサ耳美少女も、それはそれで、もうオッケーさっ!!……あぁ、なんてすがすがしい気分だ……この世の中は、理想の女性であふれかえっている……そして気づいたんだ……君のその、ちょっとアバタモエクボな四つ耳も、自然に生やさしい、理想世界も……すべて、受け入れられると……邪魔なチキューケナシザルの動きは封じた……さあ、二人の明るい未来のために、コイツを支配するんだ、 四つ耳少女は、いう。 『イヤですっ』 キッパリ。 ひゅうぅぅぅぅ~ 最近、夜は冷えるねぇ。 「……ん?……それは、どういう意味かね?」 呆けた顔の樺良……まさか拒絶されるとは、考えてもいなかったようだ。 『樺良部長に助けてもらってまで、勝ちたくありません……と、いってるんですっ』 まひるの、まっすぐな瞳。 「なにを馬鹿なっ……わざと負けるような真似は、 不可解な状況に、困惑する樺良。 『みんなで、話しあって決めたんです…… 「あ……おい……ちょっとっ」 そして、自分がこの闘いに敗北したと、心の底から確信している。 だから、すべてをすわんに托す。 地球環境のためと信じられる限り、なにをするのも自由。 すわんのほうを向いた樺良は、妙な身振りで、ホンニャラホニャラカ~となにやらアヤシイ呪文を唱えはじめる。 「ま、まて……僕は……」 本人の意識を残したまま、体だけを勝手に操る。 やがて、体の自由をとりもどしたすわんは、剣を手にゆっくりと樺良を見る。 「ほほう……樺良先輩?」 わざとらしく、眼鏡を直す。 眼がコワイ。 逆に、一歩も動けなくなる樺良。 「どうした……僕を斬るのか……僕の存在を抹消するのか?やれるものなら、やってみろ……貴様に、その業が背負えるというならな……」 あくまでも、尊大な態度を崩さないあたり、立派というべきか、救いようがないというか…… 対するすわんは、ニッコリと。 「いえいえ、先輩を剣で斬ったりしたら刃が腐るし……このトシで殺人者になるのも、まっぴらゴメンですから……」 そういって、コブシを固めると、ありったけの浄気を込めてアッパーカット。 拳の先に発生した、巨大な蒸気のカタマリに吹き飛ばされた樺良は、宙を舞い、海にどっぽーん。 と思いきや、こんどは ぽたぽたと滴をしたたらせながら、樺良はふよふよと宙を飛び、日本丸のマストのてっぺんに、エリをひっかけて止まる。 眼下では二人の少女が、あははと笑っている。 「フン……殺したって、復活させられるクセに……君たちは、この程度で満足なのかね?」 濡れネズミになりながらも、毒舌は忘れない。 すわんとまひるは、そんな変態美形の醜態をしばらく笑って眺めていた…… まひるは、となりで笑う姉を見る。 本当の勝負は、すでに、樺良が登場する前についていた。 三分以内……それが、 多重半憑依という儀式……大量の 人間が制御するには、あまりにも巨大な力。 奇跡的に、多重半憑依を成功させた いつ、暴走するかわからない、恐怖。 いつ、崩壊するかわからない、危険。 さっきまで、会話をするのにも 《 すわんを開放し、三分間、 多重 いまも無数の このまま平静を保っていれば、あと二時間は大丈夫だが、もしこの瞬間、ホンキの力を出したとしたら、崩壊するのは そうなった時に、この世界がどうなるか、 多重 だからこそ、すわんの力が必要だったのである。 そのために、すわんを鍛えた。 彼女の制御された力で、 だからこそ、制限時間以内にすわんを支配できなかった時点で、 ここに存在するコト自体が、世界を滅亡に追いこみかねないのだから…… それは、 だからこそ、安心して敗北できるのだ…… 笑いがおさまり、沈黙が訪れる。 むきあう、すわんとまひる。 そしておもむろに、超級剣姫は 紅に染まった浄気の雲が、夜のみなとみらいをゆっくりと満たしていく。 二十一
世界が、暗転する。 闇に浮かぶすわんの前に、ゲンガがいる。 『おっしゃあぁぁぁぁぁぁっ!』 ゲンガは、気合の入ったガッツポーズ。 『コレでオレも、元の姿にもどれるってモンさ……サンキュな、すわん』 『ううん……最後のさいごで助けてくれたじゃない……おたがい様だよっ』 『ま、そーゆーことにしとくかっ……』 笑い。 『……これから、どーするの?』 『どーもしねーよ。ただ元通り、バラバラの存在になるってだけさ……』 『わたし、いまだにゲンガが何者か、その、多重 『オマエにわかんねぇンだから、オレにわかるワケねぇが……ただオレは、この世界の存在定義そのものを、変えちまうだけの力がある。オマエが 『そのコトななんだけど……それって、どー変えてもいいの?あんましバカなことして、取り返しのつかないことになったら……』 『オマエが望めば、そーなるな。けど、それがオマエの望みなら、俺はナンでもやってやるゼ、止やしねぇ……そー約束する。どうするも自由だが、責任はオマエが取るんだ』 『うん……わかった。じゃ、いうね……コホン……えっと、基本的に、げんじょうのさんじげんせかいの存在ていぎをけいぞくする。……きょくしょてきには宇宙レベルでのあんていした環境をいじし……その上で、よりた、た、た、た……その、えっと……なんだっけ?』 『より多岐にわたる、じゃねぇのか?』 『あ、そうそう……って……んもうっ、きのう今日で、暗記できるような内容じゃないよっ……鯖斗もナンで、こんなに難しく書くんだろ?』 『……すわんさぁ、ナニも無理してソラでいうこたねぇよ……カンペもらったんなら、見てイイぞ』 『ホント?らっきぃー。じゃ、使うよ……(ごそごそ)……えっとね、基本的に現状の三次元世界の存在定義を継続する。局所的には宇宙レベルでの安定した環境を維持し、その上でより多岐にわたる生命活動の可能性を……』 棒読みの朗読がおわると、ゲンガはいう。 ホントに、それだけでイイのか、と。 うなずく、すわん。 かくて、新たななる世界が、一人の少女によって定義された。 |