![]() ── その五、みなとみらい、からすの決着 ── 七
夜、烏鷺帆町のはずれにあるファミリーレストラン。 千春御ミキと王鳥あずさは、食事をしながら話をしている。 「あの、お仕事……ホントにいいんですか?さっき、約束があるって電話で……」 さっきのこともあり、ちょっと萎縮ぎみのミキ。 「いーの、いーの。あたしの部下は、上司がいないぐらいで、仕事ができなくなるほど、ヤワな鍛えかたしてないもの……むしろ、ウルサイのがいなくて、せいせいしてんじゃない?」 あずさは快活に笑う。 はじめは、ひょっとして親戚か兄弟ではないかと思ったが、よくよく見れば、やっぱりあずさである。 衣装やメイク、そして口調や物腰の違いで、別人のように見せているのだ。 すわんの家で見た、フニャフニャした印象は微塵もない。 職場と家庭での共通のモットーは『ココロは十代、カラダは二十代』だと、冗談めかして言っていたが、ホントにそんな感じ。三十代後半という年齢の割に、やたらとエネルギッシュである。 ミキが、あずさと話がしたいと頼むと、仕事を早めに切り上げるからといって、夕方、近所のファミレスで待ちあわせることになったのだ。 約束の時間より十分ほどおくれて、あずさが来る。 席につくなり、彼女は免許証や社員証、それに、一級管工事とか、仕事に必要だという資格の証明書を何枚か見せてくれた。信じてもらえないことが多いので、いつも持ち歩いているのだという。 彼女が勤めているのは、関内駅のそば、中区 「びっくりしたでしょ?」 面白そうに問う、あずさ。 こういうところは、王鳥家でみる彼女っぽい。 「いえ……その、ビックリしましたけど……なんてゆーか、わたし、あずささんが会社でどんなふうに仕事をしてるか、ずっと疑問だったんです。それが今日、やっと納得できました」 実際、ミキには今日のあずさの姿は、妙にうなずけるのである。おそらくは、日々会社で激しい仕事をしていれる反動として、家庭では幼児趣味まるだしの、ふやけたママさんをやることで、精神的なバランスをとっているのだろう。つまり家でのアノ、破壊的な言動は、すべて会社での激務の裏返しということなのだ。 「いやぁ、あたしはいつも、自分が一番ラクな生きかたをしてるだけ、なんだけどね……」 ミキの分析を聞いた、あずさの答え。 「そうしてないと、やっぱツラいですか?」 「さんざん、会社でナメられてきたからねぇ……仕事をうまく進めるには、攻めの姿勢でガンガンいったほうがラクだし……家じゃ、子供はしっかり育ってるみたいだから、特に口出しする必要もないし……あたし、カワイイものとか、子供っぽいノリとかも好きだからさ、家族とヘラヘラしてるの楽しいし……ストレス溜まんなくてイイわよぉ」 そういいながら、口もとのホクロをぽりぽり掻いて苦笑する顔は、ミキの知っているあずさそのものである。 彼女のいうことはもっとだが、逆に周囲の人間は、それなりの覚悟というものを必要とする気もするが……しかしまあ、あずさがこういう人間だったということを考えれば、すわんの二面性や、まひるのおっとりしてる割に、ミョーにしっかりした性格とか、いろいろ納得できてしまうのだ。 「それで……あの、飛翔さんとは、どういういきさつで知りあったんですか?」 ミキは、自分が相談したいことの布石として、聞いてみる。 あすざは、ちょっとイイかしらと断って、赤い箱に入ったタバコに火をつけた。 あまい、香りがひろがる。 職場では、普通のモノを吸っているが、本当はこっちのほうが好きなのだそうだ。 ミキははじめて、タバコをカッコよく吸える女性というのを生で見た気がする。 喫煙という習慣に、すくなからず偏見のあったミキだが、吸う場所をわきまえれば、それでイイのかもしれないな、と思いなおした。 あずさは一服おえてから、逆に問う。 「さっきの話だけどさ……やっぱ、ミキちゃんも恋愛のコトで悩むことあるの?……しっかりしてるモンねー、ミキちゃんて……ハタから見てると、どんな修羅場でも、クールにのりきれそうねぇ」 意味的には、ホめているようだが……そういうコトではないと思った。 しばらく考えてから、こう、返事をする。 「やっぱりわたし、ムリしてるように、見えますか?」 うれしそうに笑う、あずさ。 「……ちょーっとねぇ……理想と現実のギャップに苦しんでる、ってカンジかしらん?」 なんか全部、お見通しのようだ。 「よけいな話は必要、ないみたいですね……率直にお聞きします……」 ミキは、自分が水無原と交際してから経験したことと、それに対して自分が感じたことを説明し、あずさの意見を聞いてみる。鯖斗とすわんのことは、名前をぼかして説明した。 あずさは微笑しながら、時折、あまいタバコに火を灯しつつ、じっとミキの話に耳をかたむけている。 「ふふーん。それで、ブルー入ってたんだ……あ、コーヒーおかわりぃ」 あずさはウエイトレスに、空のコーヒーカップを示してから、むきなおる。 なんとなく、いつものあずさに戻りつつあるようだ。 「……そーねー、そーゆーコトがねぇ……で、あたしにどうして欲しいの?」 「どう、って……その、人生の先輩として、なにかアドバイスがいただければと……」 「そなの?」 「はい、正直いって、いまの状況はツラすぎます……このままじゃ、自分が壊れてしまいそうで」 「ぁまったれンじゃないっ!!」 あずさは急に、さっきの怖い女課長の口調でいう。 びくっ、とするミキ。 あわてて表情を戻す、あずさ。 「……あ、ゴメンなさいね、ミキちゃん……他人に泣き事いえるのも、勇気よね……ふふ、あたしはそんなに強くなかったから、全部、自分でしょいこんじゃって、ケッコーつらい時期があったのよ……そね……ミキちゃんの考えかたって、そうそう間違ってないと思うわよ……」 「ホントですか!?」 瞬間的に、表情が明るくなるミキ。 「……うん、北欧なんか、男女共働きがあたりまえで、男だから、女だからってことには、あまりこだわらない国も、あるらしいわよ……世界的な流れとしても、ミキちゃんみたいな考えかたが、主流になりつつあると思うわ……十年もしたら、その、彼氏みたいな考えかたは日本でも古臭くなるんじゃないかな……でもね、残念だけど、二十世紀末の日本っていう島国の常識としては……彼氏のほうが正しいでしょうね……昔ほどハッキリしてるワケじゃないから、一見すると平等っぽく見えるケド……そーね、会社でいえば、係長と平社員ぐらいの差は、あるでしょーね。係長ってのは、そんなにエラいわけじゃないけど、ヤッパリ上司だから、いざってときは、平社員は係長の命令に従わなければいけないもの。平社員だって、上司に命令されることを、当然と思ってるでしょうしね……飼育するほう、されるほう、とかね……ま、それが、普通の考えかたよ」 「そう……ですか」 「正直いって……相手が悪かった、としかいいようがないわね。お互い、自分の考えかたが固まりすぎてたのよ……どっちかの考えかたがアマければ、自分の色に染めちゃうって手段もあったのに……」 「染めるって、そんな……」 「あら、自分好みのオトコがいなきゃ、育てるしかないじゃない?……それに、ミキちゃんの場合、メゲなければ、きっとお望みの相手が見つかるわよ」 「そうでしょうか?」 「そーよ。だって、ミキちゃん美人だもんっ」 「え?……そんなっ」 予想外の発言に、驚くミキ。 なんで、この場で、自分が美人だというコトが関係してくるのだろうか?いまは、人間性の問題を話してるはずだ?容姿など関係ないではないか?しかし、あずさは平然という。 「性格が一緒だったら、美人とブスと、どっちがモテる?」 ミキは言葉につまる。 性格的な問題を無視すれば、容姿が優れているほうが、より異性と接触するチャンスが多いのは当然だ。だからこそ人間、とくに女性は、服やスタイルに気を配る。 ミキだって、そういう努力はするし、おしゃれが嫌いなワケじゃない。努力しないでミキと同レベルでいられる、すわんのほうがどうかしているのだ。 つまりあずさは、ミキの考えかたはマイナーだけど、ミキは美人だから、自分を理解してもらえるチャンスが多いハズなので、いずれ望んだパートナーを見つけられるよ、と言いたいのだろう。 「そう……なのかもしれませんけど……わたし……」 「気にいらない?……自分の考えかたに賛同してれるんじゃなくて、ミキちゃんが美人だからって理由で、相手が見つかるのはイヤ?……ま、ミキちゃんは、イヤでしょうねぇ。 ……だったらさ……自分の力で、世の中を変えてみるしかないわね……その手の運動があるのは、知ってるでしょ?」 またもやミキは、虚をつかれる。そういうコトは、思ってもみなかった。 「えっ……そ、そういうことマデは、ちょっと……あずささんは、そういうのをしてるんですか?」 「へ、あたし?……ま、そーゆー知り合いもいるけど、正直、あんまし興味はないな……怒鳴るのは、会社だけで十分よ…… あたしはさ、世の中を変えることを仕事にするよりも、この世の中で仕事、してたかったのよね。自分の能力には自信があったから、あとは、いかにそれを社会に認めてもらうかって、だけだから……世間がどーこーいうまえに、あたしは、あたしのやりたいよーにやれれば、それでいーのよ」 「やりたいよーに……ですか?」 「そ……なにも、決められたレールを走る必要なんて、ないじゃない。自分が正しいって思える道を、自分の力で切り開くほうが楽しいもの。失敗の責任は自分でとらなきゃいけないってリスクはあるけど、誰かのマネして二番煎じの人生を送るなんて、あたしは、まっぴらゴメンだねっ!」 「……」 それから二人は、すっかり冷めてしまった料理をかたずける。 ミキは久しぶりに、味のわかる食事ができた。 食後の一服を楽しみながら、あずさはいう。 「しっかし、世の中変わったモノよね……あたしの若い頃なんて、男と女が対等でいられるなんて、たとえ、勝手な思い込みでも、できなかったワよ……」 「そーなんですか?」 「女性の社会進出、なんて言葉があること自体、女性が社会に進出してない証明じゃない。もし、本当に女性が社会進出していたら、そもそも女性が男性と同じ仕事をしてることが、ニュースになるわけないもの。いまどき、女性議員とか女社長が、ニュースになんかならないのは、それがあたりまえになってるからよ…… あたしの若いころなんて、もう、ほとんど珍獣あつかいだったワ……建設業自体が保守的だったってのはあるケド……女はひっこんでろ、なんて、何べん言われたコトか……でも、面と向かっていうヤツはまだマシ。こっちにも、反論するチャンスがあるんだから……漠然と、女なんかに仕事をまかせられるかって雰囲気がたちこめてるのが、一番やりにくかったワ……んで、この業界、ナメられるのが一番まずいからさ、怒鳴られる前にこっちが怒鳴るようにしてたら、なんだか、この女に下手なマネすると噛みつかれるから気をつけろって、イメージができちゃって……したら、ウマく仕事ができるようになったってワケ……そのころかな?……飛翔と知りあったのは」 「どうやって、知りあったんですかっ!」 ミキは、いきおいこんで聞く。 あずさの身の上がわかった以上、これはなんとしても知りたい。 「どうって……えーと、飛翔はウチと取引のある会社の、新人営業マンで、仕事の関係で何度かあたしとも話をしてて、んで、いつだったかヒマなとき会えない?って聞かれて、別にいーけどって言ったら、何回かデートすることになって、んで、結婚してくれって言われたから、ま、いいかなって結婚したの……つまんないでしょ」 「それだけ、ですか?」 「それだけよぉ……もっとも……」 あずさは意味ありげに、 「あたしは、その時から、今のあたしだったわ……けど、飛翔はただ、ありのままのあたしを、受け入れてくれた……この意味、わかるでしょ?」 一拍おいてから、ミキにもその意味が理解できた。 会社では鬼みたいに激しく、家では子供のように幼い、そんな女性を、だまって受け入れられる男性……というか人間の度量。 あずさが飛翔に要求したものは、ミキが水無原に要求したそれを、はるかに上まわっているように思う。 単なる、若造りのオジサン(失礼)じゃなかったというわけか。 「ま、明日になったら急に、君にはもうつきあいきれないから、別れてくれっていわれるかもしんないケド、この十五年間の幸せだけでも、あたしは結構、満足してるわ」 あずさの笑顔。 その無邪気な笑みの裏に、どれほどの苦悩と覚悟を背負っているのだろう? 「ともかくね……ミキちゃんは、自分で思ってるほどダメじゃないと思うの。あたしは男でも女でも、フラれてダメになった奴を、たくさん知ってるワ。自殺しちゃった奴とか、相手を殺そうとした奴、殺しちゃった奴……今でいう、ストーカーみたいなコトして捕まった奴。恋愛で破滅する奴なんて、めずらしくもない……でも、ミキちゃんは、そーゆーことをしたいとは思わないでしょ?」 「だって、そーゆーことしても、何の解決にもならないから……」 「そう、その通りね。それが、正解だと思うわ……でも、それがわからない……わかりたくないばっかりに破滅する人間が、どれだけいると思うの?ミキちゃんが、当然だとおもってることを理解できない奴が、どれほど多いか……ミキちゃんには、ミキちゃん自身で問題を解決できる力があると思うの……だから、あたしの昔話なんか聞いてないで、自分の道は、自分で捜してほしいっていうのが、本音よ……」 あずさの瞳はやさしい。 それは、異質な人間を見る瞳ではなく、かつて自分がぶつかった壁に苦しむ、おなじ志の人間を慈しむモノのように思える。 なんだか、あたたかい気持ち。 ミキは、ガンバってみますと返事をし、あずさは、よろしいとうなずいた。 「そうそう、ミキちゃんに聞きたいコトがあったんだけど……」 追加で注文した、いちごパフェを食べながら、あずさはいう。 「なんですか?」 アイスティーを飲みながら、ミキ。 「すわんとまひるのコトなんだけど……あの二人、なんかヘンじゃない?」 「……ヘンて、あの、山際……からす君のことじゃなくて、ですか?」 ミキがいうなり、あずさは手をぱたぱた振りながら、笑う。 「あーあー、からす君のコトなら、断然、まひるがリードしてるわよ。しょっちゅう、デートしてるもの。あの調子なら、いっくらニブいからす君でも、いずれまひるの気持ちに気づくでしょ……こーゆーコトになると、すわんは、てんでダメねぇ」 「そのコトじゃないんですか?」 なんとなく、話が通じてしまったが、どうやら、すわんとまひるが、からすを好きなのは当然の認識らしい。ま、見りゃわかるか。 「そーじゃなくてね……うーん、どう説明したらいいかわからないんだケド、あの二人、なーんかあると思わない?ケンカ、とかじゃなくてよ……」 「……山際君のことじゃなくて、ケンカでもないって……一体、何です?」 「わっかんないのよぉ~……でも、なんかおかしいのよ、最近。どこがどーってんじゃないケド、なんかヘン……ミキちゃんは、そーゆーことってない?」 「そーですねー……うーん、前にすわとコンサートに行ったとき、すごい音なのにグーグー寝てたとか……関係ありませんね。すいません、最近わたし自分のコトで手いっぱいで、すわともあんまり、身を入れて話してないんです」 「そう……やっぱ、あたしの気のせいかしらねぇ~」 「あの、それとなくすわに聞いてみましょうか?」 にこりんっ、と顔をほころばせる、あずさ。 「ホントぉ~、悪いわねぇ~。じゃ、お願いしちゃおかしらぁ?うれっしいわぁ~」 あずさちゅわんモード、全開。 そこでやっと、あずさの目的が、すわんたちのことをミキに調べてほしかったのだと気づく。 あまりの格の違いに、もう笑うしかないミキであった。 八
翌日、烏鷺帆中学の昼休み。 すわんとミキは、仲よくお弁当。 なぜかすわんは、ミキの分のお弁当まで持って来てたりする。 今朝あずさから、ミキの分も作ったので、渡してくれと頼まれたのだ。 ミキは、こころよく受けとる。 二人がお弁当をひらいてみると、すわんの分はローストビーフ(昨日の残り)のはさまれたサンドイッチとコールスロー。ミキはアニメキャラのプリントされた弁当箱に、ごはんとおかずという、わりかしオーソドックスなラインナップ。ただし、ごはんの部分に、のり、ゴマ、そぼろ等を駆使して、プールを泳いでいるらしき人物が描かれ、その上に、紅ショウガで『ガンバレ、ミキちゃん!』と書かれている。 さりげなく、クラスの注目の的。 「こ、こりは、ちょっと……お母様ったら、いったい、どーゆーつもろかしら?」 あきれるすわんだが、ミキは平気のよう。 「せっかく、あずささんが作ってくれたんですもの、ちゃんと食べなくちゃっ……いただきまーす」 ご丁寧に、カロリー計算書までついた、『ガンバレ、ミキちゃん!』弁当を、ミキはおいしそうに食べはじめる。 「ふーん、ちゃんとおミキの体のこと考えて、作ってるみたいですわね」 計算書を見ながら、すわん。 「きのう、あずささんとバッタリ会っちゃって、色々はなしてたら、こうなっちゃったのよ……必要な摂取量は教えたけど、ホントに計算までしてくれるとは、思わなかったわ……ありがたいねぇ」 今日のミキは、いつもより元気がいいな。 そう、すわんが考えていると、背後から妙なフレーズが流れてくる。 「ひゅ~、くるりら、くるりら、くるぅ~りら、くるりら、くるりら、ひゅうぅぅぅ~、は~っぴね~す!!」 一瞬、《猫と狩人》の襲撃かと身構えたが、どうも違う。 声の主は、クラスメイトの、瀬戸安寿である。 彼女は小学校の時に習ったという、バレリーナな動きで、クルクルまわりながら、こっちへ来る。 朝から、なんだか様子がヘンだったが、いまの安寿はさらにヘン。 安寿はくるりら、二人の前に来る。 「ど、どーしたの安寿?」 なんとか、すわんは声をかけることができた。 以前、彼女が ……いや今日は、それ以外の理由でも、かなり苦手だが。 安寿はくるりら言いながら、まわりつづける。 「お~っほっほっほっ、ほい、ほい、ほい。シャ~ワセ絶好調ォ~の、安寿ちぃやぁ~ん、でぇ~す! うひょひょと安寿は二人のまわりを、くるりらまわる。 先に反応できたのは、ミキ。 「あ……ひょっとして、例の彼氏に告白されたの?」 瞬間、安寿がぴたっと止まる。 「ぴぃんぽん、びぃんぼぉん、ぴぃんぐぽんぐ!!……ちおちゃん大・大・ダイ正解ィィィ!商品は、豪華特製マントル対流、地底一周旅行ォ、二泊三日ァァァ!はぁ~くるりら、くるりらっ」 おおげさなのが当然、といわんばかりのオーバーアクション付。 「おめでとう……安寿、よかったねっ」 ミキは純粋に、安寿の恋が成就したことを喜んでいるようだ……あれ? 「せぇ~んきゅぅ~!べぇ~りぃ~まぁっちんぐっ!!……くるりら、くるりン、くるりらぁ~ハァ~」 再びくるりらを再開した安寿は、勢力を増しながら北北東に進路を変えて、二人の前を去っていく。 ハリケーン、アンジュの今後の動向に注意されたしっ。 「な、なんだったんですの?」 あっけにとられて、すわん。 「……うーん、彼氏にやっと、告白してもらえたのが、よっぽどウレシかったんじゃない?」 なんとか正気で、ミキ。 「そーいえば、おミキってばこないだ、安寿の考えかたがおかしいって、いってなかったかしら?」 いわてミキは、へへぇ~という表情ですわんを見る。 「わたし的にはね……でも、それで安寿と、安寿の彼氏が満足なら、それは、それでいーんじゃない?」 ミョーに、悟った意見。 「そーゆーもんですの?」 「そゆもん、ですよ」 軽快に笑う。 つられて、すわんも笑った。 彼女には、ミキの恋愛観がイマイチ理解できない。 というか、なぜ、そんなことにこだわる必要があるのか、わからないのだ。 対等に生きたいなら、それでいいではないか。 ことさら、問題にするようなこととは思えない。 超級幻我のしくみのほうが、鯖斗が親切に教えてくれるぶん、まだわかりやすかった。 ともかく、気をとりなおして、二人はお弁当をキレイにかたずける。 あとはいつもの、まったりタイム。 食事がすんでからというもの、ミキはなぜか、口数が少なくなる。 いつもは進んで話題をふるはずの彼女が、すわんの言葉に反応することしかしない。 どうしたのだろう?と思っていると、ミキは急に、思いつめた表情でいう。 「あのさ……すわ……今夜、お母さんが夜勤で、ウチに誰もいないの……よかったら……泊りにこない?……ちょっと、話したいコト……あるんだけど……」 いつになく、真剣なミキ。 どんな時も、ココロに余裕かましてるはずの彼女らしくなかった。 「べつに、かまいませんわよ」 内心、とまどいながらもOKする、すわん。 「ん……アリガトね」 そう、返事をするミキは、どこか弱々しく見えた。 二人が、そんな話をしている教室の反対側では、ウカレ安寿が次なる標的をもとめて、くるりらと回転している。 「ぬひょぉ~……安寿ちゃんわぁ?ス・テ・キィ~少女ォォォォォ~ハァ、くるりら、くるりら、くるりん、りんっ」 大丈夫か?安寿の彼氏……こんな女に告白しちまって……クラス中の人間が、そう考えているのがわかってしまうのは、決して、すわんが 九
「じゃ、準備おっけーだね」 ねこ耳少女、Rの発言。 「……すべて、完了」 ねこ耳少女、Pの返答。 「とーとー、ここまで来たね」 「……ええ……ここまで、来た」 「のこり時間は?」 「……通常で、三日……全力で、二分五十八秒は保証する」 「そんだけあれば、じゅーぶんだね」 「……わたしたちが、計画通りにやれば、だけど」 「やれるだけ、やってくれればイイです……あとは、なんとかしますから」 「……できることは、確実にする」 「はい、よろしくっ……そんで、最終的に勝つ確率って、どれくらいですか?」 「……あらゆる、状況を想定して、千回対戦した場合の勝率は……九十……」 「あ、まって……やっぱやめときます」 「……なぜ?」 「だって……マンガやアニメだと、勝つ確率が高いほうが、ゼッタイ負けちゃう決まりなんだもん」 「……わたし、いまだに、あなたの発想が理解できない……」 ねこ耳少女Pの発言を最後に、部屋は静寂となる。 十
烏鷺帆町にある、ミキの住むマンション、 八階建ての建物の一階部分がスポーツクラブになっており、小規模ながら各種トレーニングマシンや、プール、サウナ等を完備している。 この施設は基本的に、マンションの入居者のみを対象としているが、紹介者がいれば外部の人間でもビジター扱いで利用が可能。 すわんは何度かミキの家に泊ったことがあり、その度にここのプールに入るのが習慣になっている。 時間は夜、九時すぎ。施設利用時間は十時までなので、あまりゆっくりはできないが、他に利用する者もなく、完全に貸し切り状態。 二人はそれぞれ持参の水着にきがえ、プールに入る。 すわんは純白の、ちょっと大胆なカットのワンピース水着。中学生ばなれした、やわらかなプロポーションと、水着に負けない白くすべらかな肌。 ミキはハイビスカスがデザインされた、トロピカルなビキニ。鍛え上げられた逆三角の体に、弾力のあるふくらみと小麦色の肌。 すわんがぷかりと浮いてる横を、ミキがゆっくりとした動作で泳ぐ。 ちょっと水をかくだけで、軽く五メートルは進んでいる。 プールといっても、水深一.三メートル、全長十五メートルのものが一つあるきりなので、全国大会クラスの実力をもつ彼女にとっては、でっかい風呂みたいなものだろう。 本気で泳ぐミキのスピードを知っているすわんには、プールで泳いでいるはずの彼女が、ひどく場違いに思えた。 「はぁー、ひさびさのプールはイイねぇ」 そういうと、ミキは水中に身をしずめ、プールのふちを蹴る。 その反動だけで、彼女は潜水したまま、一気に十五メートルを滑るように進む。 さらに岸につく寸前、体を回転させ、ゲインズターンをした反動でもう十五メートル。 ノーブレスにもかかわらず、平然と最初の位置から顔を出す、ミキ。 「おミキ……ホントに最近、泳いでませんの?」 ざばざばと、彼女に近づく、すわん。 「泳いでないって言っても、たった十日間よ……でもま、現役選手が十日の遅れを取り戻すのには、一月ぐらいかかるけどね」 「水泳選手、やめてしまうの?」 「……わかんない……昨日まではそのつもりだったけど、あずささんと話をして気がかわった、かな?」 「お母様と、一体何を話したの?」 「あとで、みんな話すけど……生きてるのがツラいって言ったら、くよくよする前に、もっとじたばた、あがいてみたらって、いわれたわ」 「……ツラい?……くよくよって……いつ?」 「だれも、見てないトコでね……ひょっとしたら、自分自身からも目をそむけて……わたし、自分で考思ってるほど分別があるわけじゃないみたい。頭ではわかっていても、心は岩みたいにガチガチなの……」 「……」 「そんな自分に気づいて、ショックだった……でも、あずささんと話したら、いろんな生き方があるんだってわかってさ、だから、今までの自分はひとまずおいといて、すわともハラ割って話しをしようって、思ったわけ……迷惑?」 「いいよ……お話ししましょ……ハラぁ割って、ね」 そうこたえるすわんの声は、すこし緊張していた。 十一
谷々樺良は、すでに今回の事件への、興味を失ってしまっている。 結果がどうなろうと、樺良の気に入る展開になるはずもない。 本来なら、樺良自身が現在の 樺良には、自分の理想を達成するための、樺良だけのプラン──四流野郎共がデッチ上げた、軟弱で実効力のカケラもない空論とはまったく異なる、真の『 今回の件も、樺良にとっては理想実現のための実地テストのようなものだ。 すわんが勝利し、まひるが敗北することが望ましかったが、ダメならダメで、いくらでもやりようはある。 そう……いくらでも…… どちらが勝利しようとも、どのような世界が定義されようとも、最終勝利者が自分であることを、樺良は信じて疑わない。 そして、その根拠なき確信こそが、現在の状況を生み出した源動力だという事実に気づいていたのは、超級剣姫、《猫と狩人》両陣営もふくめ、ほんの一握のものに限られる。 いずれ、真の闘いがはじまることになるだろう。 「……それまでは、ここで僕だけを見つめていておくれ……ちん」 彼は、愛するウサギが印刷されたアニメの等身大ポスターにむかい、情熱的な瞳をむけいてつぶやいた。 十二
すわんにとって、ミキの話は衝撃的だった。 中学生が大学生と交際するというだけでも、すわんのお子ちゃまな認識からすればショックばりばりだったが、そこで展開された男と女のありかた、などという話にいたっては、まったくもって次元がちがう。 超級剣姫や超級幻我のしくみを理解するために、頭をウニらせたという経験がなかったら、実感とか共感などはヌキにしても、そもそも話の内容そのものが、理解できただろうか? 「それで……結局フラれてしまったというわけですの」 すわんはミキの部屋で、彼女の告白に耳をかたむけている。 暖房の効いた部屋。 クッションにすわる、眼鏡をかけたパジャマ姿のすわんに、ベットに腰かけた、Tシャツとショートパンツ姿のミキが応える。 「そーゆーこと……わたしがウカツだった。相手の気持ちも考えずに、自分の理想をおしつけてしまって……相手にも、相手の考えかたがあることに、気づかなかった」 「でも、ホントにそうかしら……?」 「え?」 「なんかさ……おミキの話をきいてると、その人、おミキにコンプレックスがあったんじゃ、ないかって、気がするの」 「……?」 「 「そう……みたいね」 「だったら水無原さんって人も、最初はそれが当然って思ってたんじゃないかしら?おミキの話をきいて、そーゆー考えかたもあるとわかって……でも、それを受け入れることができなくて……それで、おミキを納得させるために、そーゆーふーなコトを、考えたんじゃない?理屈で、おミキに負けたくなかったのよ。」 瞬間、ミキの表情が凍りつく。 彼女は叫びたいと思っている。 すわに、水無原さんのナニがわかる! ロクに、好きな男子と口も利けないクセに! 水無原さんは、そんなつまらない人間じゃない! そんな奴を、わたしが好きになったりするもんか! でも…… 「どしたの?」 心配そうにミキの顔をのぞきこむ、すわん。 「ん……なんでも……ううん。いまの話をきいて、ちょっとムカついてた。すわに、何がわかるのって」 「え?そ、そう。ゴメンなさい。無神経なこと、いっちゃって」 「ちがう、ちがう……そうじゃない……そうじゃないの。はじめはムカついたけど、あながちない話じゃないと、思う……そう、そーだよね……ホントは違うかもしれないケド、そーゆー可能性だってあるわね……なんでだろ?……自分で、そーゆーコト思いついてもよかったのに……」 「きっとさ……」 「ん……?」 「あ、あいや、私がいうのもナンだけど……きっと、おミキは水無原さんに言い負かされちゃったから、実際以上に水無原さんがスゴイ人だって、思っちゃったんじゃ、ないかしら?……自信ないケド」 「うん……そーかもね。すわから見たら、わたしなんか、すごく上手に恋してるように見えたでしょうし……水無原さんだって、一生懸命考えて出した結論なんだろうし……平然としてるよーでも、ホントはすっごく悩んだのかもね……誰だって」 言われて、すわんはドキリとした。 まるで、心を見透かされるような、ミキの澄んだ瞳。 どう返事したらいいか迷っているうちに、彼女は言葉をつづける。 「ホントは、みんな知ってるんだよ……すわが外面では上品にふるまってても、内心じゃ、子供っぽい考えかた、してるって……すわってさ、あわてるとつい、上品じゃない言葉を……心で思ってる通りにしゃべっちゃうクセがあるの、気づいてる?」 すわんは、あわてた。 「へえっ!?しょ、しょんな……しょんなことないっ。わた、わたしっ、ぜ、ぜんぜんそんなの、し、知んないよぉ……って、あ"ぁっ!!」 「ほらね……あのさ、すわ。わたし、べつにそれが悪いとは思わないよ。すわがそーゆーコだって知ってて、友達やってんだモン……あと、ついでに言っちゃうと、山際のことが好きだとか、ね……前から疑問だったんだけど、すわってなんで、山際のコトが好きなの?まひるちゃんが山際が好きってのは、なんとなくわかるんだケド……ほっとけない、お兄さんってカンジでさ……すわ、だいじょぶ?」 すわんは真っ赤っか。 全身からうっすらと、 ミキはしばらく、すわんが落ち着くのをまってやる必要があった。 「むきゅうぅぅ~」 「すこしは、落ち着いた?……ゴメン、いいすぎたわ」 グラスに注がれたスポーツドリンクを、一気にのみ干してから、すわんはいう。 「……んっ、ぷはっ~……ふいぃ~。あービックリしたぁ。みーんなお見通し、でしたのね……あ"」 「だから、いーんだってば、それでっ」 「そう?……でも、バレてんなら、もーいーや……メンドイもん。ハラぁ割って話すんなら、コッチのほーがラクだし……ふう、そっか。わたしがからすのことスキだって、バレてたかぁ」 「それはもう、バレバレよっ」 「そなのか……えへへぇ~……んとね、わたしがからすを好きになったのは、小学校、三年生ぐらいの時かな……幼稚園のころから、ずっと遊んだりしてたんだケド、それまではナンとも思ってなかった……その頃わたし、クラスでイジメられてたの……理由は、わたしがヘンなしゃべり方、するってコトで……」 「たしか、おばあさんに習ったんだよね、そのしゃべり方ってゆーか礼儀作法」 「そう……わたし、そのコトは後悔してないんだケド、ほら、ちょっと変わったコトするヤツって、ともかくイジメられるじゃん。王鳥のヤツ、急にみょーな口調でしゃべりはじめたって……その頃から、本格的におばあ様から、礼法を習いはじめてたの……したら、男子からはキモチワルイっていわれて、女子からはシカトされて……ホント、ツラかった」 「たしかに、すわのしゃべり方って最初に聞くと、オオって思うよ」 「でも、そん時からすが……別のクラスだったんだケド……わたしのコト、かばってくれたの。わたしのこと、イジメてたリーダー格の男子に、すわんがヘンなしゃべり方したからって、オマエが迷惑するのか?細かいことで、イチイチさわぐんじゃねぇって、話をつけてくれたの……すっごく、うれしかった」 「そっか……それがキカッケで、山際を意識するようになたと……んで、上品っぽいふるまいも、ヤメずに続けてる……ってワケね」 「……うん」 ふたたび赤面……ちょっと、カワイイと、ミキは思う。 「だったらさ、もっとガンガンいかないと、まひるちゃんに取られちゃうよ。最近、ずっとデートしまくってるらしいじゃん、あの二人」 いわれてすわんは、フクザツな表情をする。 「……なんかさ、最近わたし、ホントにからすのコトが好きなのか?ってのがギモンなの。よくよく考えたら、わたしからすのコト、あんまし知らないし……ほかに気になるコトがあって最近、からすと話してないってのも、あんだケド……」 しゅんとなる、すわん。 そんな彼女を見て、ミキは表情を固くする。 「それって……谷々……鯖斗君、のこと?」 「へ?……ナゼにそこで、鯖斗が出てくんのよ?」 ホントに意外そうなすわんに、ミキは怪訝な顔をする。 「だって最近……すわってば鯖斗君とよく、話してるじゃん……劇の打ちあわせってレベルじゃないくらい、親しくしてるよーに見えるよ……二人が、つきあってるって……いう人も、いるよ」 きょとん。 「そなの?」 あ、ちょっとあずささんぽいな……ミキはそう思った。 いよいよ、ココからが本題。 「すわ……わたしまだ、すわに言ってないコトがあるの……聞いて……わたしがなんで、水無原さんとつきあうようになったか、話したよね?」 「えと……好きな人がいたケド、その人が別な人とつきあってるから、あきらめた……だよね」 ミキはなにも答えない。 その沈黙が、すわんい解答を与える。 「……まさか、その、好きな人って……その……鯖斗なのぉ?」 こくりと肯定する、ミキ。 「演劇部ではじめて会った時……すっごく、好きになっちゃったの」 「なんで?」 「理由なんてない……好きなものは、好きなのっ!」 きっぱりとした発言。 すわんはちょっと、気圧される。 「……だったら、告白すればいーじゃん。黙ったままであきらめるなんて、おミキらしくないよ」 「そーだけど……たしかに、いっぺん、すわに相談しようと思ったのよ……ほら、夏休みの時、いっしょに元町に出かけたじゃない。あん時、そのコト話そうとしたんだケド、すわってば、鯖斗君のこと呼び捨てにしたじゃない……ま、なんか、あわててつい、口にしたみたいだから、おぼえてないでしょーけど」 たしかに、ぜんぜんまったく(二重表現)覚えてない。 「……で、なんかヤケになって、水無原さんの告白にOKしちゃったの……」 「……あん時は……ちがうの、別のコトで、敵が……その……と、ともかく、わたし、鯖斗のコトなんか意識してないよ。鯖斗がスキなら、告白でもなんでも、勝手にすればよかったんだよっ」 そーでもないよ、すわ。 だって鯖斗君は、すわのコトが好きなんだもの。 勝ち目のない勝負に出るほど、わたしはバカじゃない。 ふりむかせる自信があれば、なんだってしたよ、わたし。 ミキはそう思ったが、口には出さない。 もし、すわんが本気で、鯖斗を好きになってもイイというのなら、わざわざ、鯖斗がすわんのコトが好きだというのを、教えてやる必要はないのだ。 いやむしろ、いまだに自分の気持ちを伝えていない、鯖斗のほうがどうかしてる。 これは、鯖斗自身で解決すべき問題なのだ。 友情とは、別問題。 ミキはそこまで、お人好しではない。 彼女はしばらくのあいだ沈黙していたが、やがてこう答える。 「そっか……そだね。ダメとかどーとかは、言ってから後悔すればイイよね。」 「鯖斗もいってたよ……自信がないからって、クヨクヨしてても何も解決しない。自分がダメだって決めつけて、ナニもしないのは逃げだって……自信があろーとなかろーと、歯を食いしばって生きていかなきゃダメだって……わたしは、逃げないよ」 ミョーに気合の入った決意を見せる、すわん。 そんな彼女を不思議に思う、ミキ。 すわんは一体、何から逃げないと言っているのだろうか? 鯖斗が彼女をはげましたのは、彼がすわんのことを好きだからなのだろうが、彼女はまだ、そのことを知らない。だとしたら……そういえばさっき、敵って…… とりあえず、ミキは話題を変えて、あずさとの衝撃的な出会いと、そのあと話したことを説明する。 あずさの職場での武勇伝は、すわんにとっても初耳だったらしく、ぽかんと聞いていた。 「たしかにお母様、会社じゃすごくコワいって話はきいてたけど、そこまでスゴイの……」 「ええ、スゴイなんてもんじゃないわ。みんな、あずささんの前にいるってだけで、ビビってんだもん。あんなに怒鳴り散らす人、男の人でもそうはいないんじゃない?」 「お母様って、お父様よりも年収は上らしいケド、やっぱそんぐらいバリバリやてるからなんだ」 「能力があるのは当然として、そっから先は気合の勝負なんだってさ」 「会社って、大変なトコなんだねぇ」 「いやぁ、あずささんはかなり、特殊だと思うケドねぇ……」 正直いうと、あずさに言われたコトといいうのは、ミキにとってそれほど新しい内容ではない。 全部ではないが、七割がたは、ミキ自身でも考えていたコトである。 だからこそ、ミキはあずさの話をスグに理解できたわけだし、あずさもミキに、いずれ自分で思いつけるコトをわざわざ教える必要はないと感じたのだ。 あずさが真にスゴいのは、あの生き方を現実に貫いて生きているというコト。 それで生きられるという、結果を出していることなのだ。 ミキは、あずさのマネをしようとは思わない。 あずさの生き方は、あずさだけのモノだし、あずさ以外にあんな真似ができるとは思わない。 ミキは、ミキだけの生き方を見つければ、それでイイのだ。 「お母様がおミキのこと、気に入るワケね……わたしなんか、そんなのちっとも、ワカんないもん」 「この年で、わたしみたく考えるのは、やっぱフツーじゃないみたいだから、気にすることないよ……すわだって、も少しおちついて、冷静に周囲が見えるようになれば、グッとイイ女になれるのにねって、あずささん言ってたよ」 「……そ、そなんだ」 ちょっとテレちゃう、すわん。 「んでさ……ココまで話したんだから聞いちゃうケド……」 「なぁに?」 ここまで話してしまったら、もはや何も恐れるコトはない……と、すわんは思っていた。 ミキは、ゴクリとつばを飲みこんでから、いう。 「まひるちゃんと、ナニがあったの?……山際のコトで気まずいってワケじゃなくて、ケンカしてるワケでもないのに、ナニかあるんでしょ?……さっきチラッと、敵とかいったよね。それのコト?」 「はひぃ?」 今日、何度めのビックリだろう? まさか、ソコまで話がおよぶとは、考えてなかった。 だが、ミキにしろあずさにしろ、紅蒸気であるていどの ことさら、まひるが記憶を操作したりしなければ、常識的な推論で異変に気づいてもおかしくはない。 「うーん、ちょぉーっと待ってクレる?」 そう断って、すわんはゲンガに問いかける。 『どーしよ、ゲンガ。おミキに気づかれちゃったよ……』 『べっつに、いーんじゃねぇの?話したからって、マズいワケでもねーし』 『そだけど……』 『だいたい千春御にこんなウソくせぇ話、信じられるとは思えねーがな……』 『ウソ臭いって、ゆーなっ!』 ミキは、すわんがじっと、何か考えごとをしているのを見守っている。 「わかった……ん……じゃ、話すよ」 すわんはそうつぶやくと、ミキを見る。 「おまたせ……話ついたから言うケド……ハッキリいって、信じてもらえるかアヤしいんだ。ちょっと……てゆーか、かなり非常識なハナシなもんでさ」 「……よくわかんないケド……信じる信じないかはアトで判断するから、ともかくぜんぶ話して……あ、ちょと待って……それってきっと、長いよね……だったら一休みしない?なんか食べるもん、作るよ」 ミキはそういうと、すわんの返事もきかず、部屋から出た。 ホントはすこし、気持ちを落ち着けたかったのである。 すわんの話とは、いったい何だろう? 今までのだって、十分すぎるほどハラぁ割った話のはずだ。 これ以上、どんなビックリがあるというのか? かなり突拍子もないハナシみたいだからつい、『嘘ついてんじゃない?』なんて思ってしまうかもしれないな……注意しなくちゃ。 「あれ……」 ふと見ると、バスルームに明かりがついている。 つけっぱなしにしてたっけ?……そう考えて脱衣室に入った。 洗濯カゴの中に、見慣れない服が入っている。 その、かたわらには、メーターのついた黒い大きな剣が…… ミキはおもむろに、Tシャツを脱ぎはじめる。 ショートパンツも脱いで、スポーツ下着のみの姿となる。 そして、慣れた手つきで、見慣れぬ衣装に袖を通しはじめた。 |