![]() ── その四、鯖斗の夜、樺良が 十六
すわんはミキと、話がしたかった。 ミキが失恋した日から三日後の放課後、すわんは彼女が、水泳部をやめたという話を聞く。 昼間はまったく、そんなそぶりを見せなかった。 彼女の身になにがあったのか、とても心配である。 だが、今日は別な意味でも大変な日なのだ。 昨日、まひるはすわんに、重大な発表があるから、学校が終わったら、仲間を集めてほしいといった。 なにかしら感じるものがあり、申し出を即座に受けるすわん。 当然ながら、こちらの出席者は王鳥すわん、谷々鯖斗、谷々樺良の三名。 それに合わせてか、むこうは王鳥まひる( この世の運命をかけて闘う二つの勢力の首脳陣が会見するのは、王鳥姉妹の不戦条約が成立している王鳥家、その二階。父、飛翔の書斎兼、応接室。両親はまだ、帰宅していない。 双方の合意によって、まひるは 最後に樺良が到着し、双方、来客用のテーブルに腰かけて、会見の準備はととのった。 中立的な立場が存在しないため、年長者である寝深戸が進行役を勤める。 「この場において、いまさら何らかの意義を見いだすことは無益だと思うので、余計な前置きは省略させてもらう。今日、諸君らに集まってもらったのは、我々《猫と狩人》が、この闘いの状況を、最終段階に到達したと判断しており、新たな段階のための決戦準備がなされていることを、超級剣姫側の人間に理解してもらうことと、我々が勝利した後の、新たな世界の構想を説明することにある……須磨君( 「……すこし、まって」 須磨チエリは寝深戸の私物である、淡い紫を基調とした、マグネシウム合金製の薄いノートパソコンを再起動している。寝深戸の説明をビジュアル的に補助するための、プレゼンテーションソフトを立ち上げていたのだが、話が始まる寸前、急に一般保護行違反というエラーが発生し、操作を受けつけなくなってしまったのだ。そのため、キーボード上でリセットをかけて、立ち上げなおしている。汎用性が高い分、パーソナルコンピューターには、動作に不安定な部分があった。 今ちょうど、ガリガリと音をたてながら、青空に浮かぶ黒い窓枠のグラフィックと、オペレーティングシステムの名称が書かれた起動画面が表示されているところだ。 「あのね……もーすこし、時間がかかりそうだからいうけど……」 まひるは立ちあがり、谷々兄弟に話しかけた。 彼女は人間の姿で、 これは、《猫と狩人》側の提案で、会見中は盗聴防止以外に、能力は使わないというのだ。 一方的な申し出なので、すわん側の行動は制限されていない。 だからもし、 「おねえちゃんには言ったんだけど……樺良部長、鯖斗先輩、このあいだは助けてくれて、どーもありがとーございます。ホントは、まひる達だけで、どーにかしないといけなかったのに……」 人間の姿のままの少女は、ぺこりと頭を下げた。 いきなり敵のボスに頭を下げられて、鯖斗は困惑していたが、樺良は平然としたもの。 「僕たちは、お前の姉が協力するのを、止めなかっただけだ。そんなことは、どうでもいい……それより、反乱の首謀者はそこにいる、須磨なんだろ……フン、おおかた、中途半端に個人の権利を認めたばかりに、制約を拡大解釈されたんだろ。制御できもしない民主主義で、組織を崩壊させるぐらいなら、いっそ全員、反抗なんて考えない、 そういって、樺良は邪悪にほほえんだ。 まひるは首をすくめる。 「君の理想は、全体主義なのかね?」 思わず、寝深戸が口をはさんだ。 論敵が目上の人間になっても、樺良の調子はかわらない。 「まさか……一人の裁量だけで全てを決めるなんて、おろかな行為だ。間違いを修正しようという意志が自分以外に存在しないのだから、一つ方向性をあやまっただけで、取りかえしのつかない事になりかねない……だけど僕は、多数の総意によって裁量した結果、意見の違いで造反者をだすくらいなら、いっそ全体主義ですべてを統制したらどうか、と思うのさ。次善の策だがね」 「人類が、思考錯誤をくり返しながら発展させた民主主義を、君は否定するのか」 「否定はしない。少なくとも僕は、生まれてこのかた戦争も、飢餓も、経験したことはない。物質的にも、精神的にも……まあ、それなりに恵まれていると思うよ。いや、むしろ、不満がないことが唯一の不満、といってもいいくらいだ。実にすばらしい時代だよ。いまの 意味ありげににやりとする、樺良。 「南北問題のことを、いいたいのかね……」 苦い表情の、寝深戸。 「それもある。が、それだけじゃない……決して満足ではないが、それなりに快適な日本、いや、先進国の生活を維持するために、いったい、どれだけのものが犠牲になっているんだ?有限の天然資源を無計画に略奪し、ただひたすら、消費するためだけに消費する。そもそも、先進国レベルの生活を、地球全体で行ったらどうなる?かつての特権階級者じみた生活を、五十億ものチキューケナシザルに、平等にくれてやるだけの余裕が、この惑星にあると思うのか? 自由、平等、おおいに結構。だが、理想が無限でも、現実には限界があることは理解できるだろう。この現状を黙認することが、現在の生態系を破滅へと導く結果になることが、理解できないとはいわせないぞ!」 樺良は一気にそう、まくしたてた。 「君は……人類の叡智を否定するのかね?君がそう考え、発言できるだけの知識と自由をもつ社会が実現するために、どれだけの血が流れたと思うのだ?」 おされ気味ながら、寝深戸も必死に反論する。 「この世界はお子様学校じゃない。努力して、少しばかり進歩したからといって、よくできました、ですむわけがないだろう……その叡智とやらが、結果的に、地球をいびつな姿にしたとは思わないのか?この惑星に、できの悪い生徒をのさばらせておく余地は、もうないのさ」 「そこまでいうなら……」 樺良と寝深戸の議論は続いている。論点はやがて、政治や宗教、はては哲学といった問題へ移り、ますます議論は まひるはそんな二人を放置し、資料の束をトントンと整えてから、内容を再確認している。 チエリは無表情に、マウスを右手をそえながら、画面の焼きつけ防止のための、スクリーンセイバーという動画プログラムに切り変わった液晶ディスプレイを見つめていた。 鯖斗は腕を組んで、眼を閉じている。ときおり議論する二人に視線をむけるので、眠っているわけではないようだ。 そして、すわんはどうしているかといえば、なんとなく二人の議論に耳を傾けている。彼女には、議論の内容を完全に理解することはできなかったが、それでもおぼろげに、二人の会話の内容を把握することはできた。だから、樺良が人類の存在を否定し、寝深戸が人類を弁護していることは理解できる。そして、なんとなく思うのだ。樺良がいっていることが、たとえ人類にとって耳の痛い話であったとしても、あながち的はずれな中傷ではないと。 思わず、すわんは鯖斗の袖をひっぱって、小声で聞いてみた。 「鯖斗君……樺良先輩のいってることって、デタラメなんですの? 鯖斗はちらりとすわんに視線をむけ、それから再び前をむいてから、一言。 「だから……始末におえないんだよ」 それきり、二人は沈黙した。 まだしばらく、議論は続きそうである。 十七
その晩、谷々邸。 谷々鯖斗は、六角形の壁をもつ自分の部屋で机にむかい、一冊の黄ばんだノートに眼を通している。 無地の紙を和綴じにした手製のノートで、筆者の名前は見あたらなかったが、日付は昭和初期、太平洋戦争前のものだった。これは先日、ある演劇部のOBの家で発見されたという、現存する最古の超級剣姫に関する資料で、今日やっと、閲覧する順番がまわってきたのである。 半月ほど前に、本物を目にしていたし、コピーも手元にあるのだが、やはりフルカラーで描かれたオリジナルは、迫力が違う。演劇の台本というよりは、むしろ覚書といった感じだが、当時の演劇部が考えていた超級剣姫の全貌を伝えるのに、十分なものだった。 そこに描かれている超級剣姫は、現在のものと共通している部分も多いが、まったく異なる点もある。特に主人公の超級剣姫、 また、超級幻我のデザインも、現在のメーターが並ぶ、ごっつい物ではなく、サーベル状の反りのあるスマートな片刃の剣で、メーター類は、柄に小さなものが一個、取りつけられているだけである。 これが単純に、中華的な極彩色のデザインだったなら、別に驚きはしないのだが、墨と水彩で描かれたそれは、戦前のデザインとはにわかには信じられないほど洗練されており、しかも、鯖斗のデザインしたものとは違った方向で、独創的に超級剣姫を表現していた。もし、このノートをもう少し早く、入手していれば、鯖斗のデザインも、現在のものとは少し違ったものになっていたことだろう。 文化祭が一ヶ月延期となった関係で、スケジュール的にはすこし、余裕があったのだが、いまさらデザインを全面的に見直すのは、さすがにムリだったので、このノートを生かすことはできそうになかった。非常に残念である。 鯖斗はなんとなく、この最古の超級剣姫、通称、 背中を思い切って露出させて、布ぐるぐる巻きの下半身とのアンバランスを強調したほうがいいかな、とか、 二時間ほど経過して、作業が一段落ついてから、鯖斗はふと、こんなことをしている場合ではないことを思い出した。どうも、造形がからむと、状況もわきまえずに熱中してしまう。それが彼の創造的な力の源なのであるが、今日はやはり、先程の会見の内容を再検討すべきだと思いなおした。鯖斗は冷たくなったインスタントコーヒーを一気に飲み干すと、夕方《猫と狩人》にもらった資料をカバンから取り出して、もう一度目を通す。 前硝戦ともいえる、樺良と寝深戸の議論がすごかったので、本題であるはずの《猫と狩人》による世界変革案の発表は、何やらしらけたものとなってしまったが、その内容は、多重半憑依という荒唐無稽なメカニズムが、現実に奇跡的な力を発揮するという前提をふまえれば、極めて現実的なものといえた。秘密結社《猫と狩人》は、 「1」極限まで高まった超級剣姫を倒し、 「2」 ここまでの考えかたは、鯖斗にも予想がついていた。すわんにほどよい敵をぶつけ、鍛えたのは、未熟な状態で彼女を支配しても、その時点での能力は獲得できても、超級幻我に宿る半多重 ここらへんは質疑応答の時間に、 「3」変革する世界は、基本的に人類以外は、現在の地球と同じ生態系をもっている。 「4」人類は、十億程度で静止人口を保ち、地球環境の直接の維持、管理者という役割を割り当て、そのために存在する種族として、存在定義を根本から書き換える。 「5」《猫と狩人》は、地球全体の監視者として活動するが、地球を直接管理する役割は、あくまで人類が担う。 この発表がなされた瞬間、樺良は激怒した。人類という間違った存在を、部分的とはいえ認めることは、彼の基準からいえばナンセンスもいいところなのだ。逆に人類の立場から見れば、総人口の八割を、はじめから存在しないことにされ、なおかつ主権を第三者に明け渡すなどということは、やっぱり受け入れがたいナンセンスな提案である。もちろん、《猫と狩人》がナンセンスな計画を実行しようとしているからこそ、すわん達は闘っているのだが。 鯖斗は質問した。なぜ、人類を存続させるのか?また、その人類は自分の世界が、《猫と狩人》によってコントロールされていることを知っているのかと。 寝深戸の返答によると、たとえば絶滅動物をクローン技術で復活させたり、地球に激突しようとする小惑星を迎撃できるのは、人類のもつ科学技術だけである。また、地球環境を統合的に理解する可能性がるのも人類だけであると。地球環境をよりよい状態で保全するためには、人類の経済活動は邪魔であるが、その結果得られた知識や技術は、効果的に使用できれば、奇跡の力にたよらなくても十分に世界を維持していける。 また、次の質問についてはこう答えた。この世界でくらす人々は、自分達を影で支える力があることを漠然と認識しており、自分たちが危機的状況になれば、その力が助けてくれることを信じている。だからこそ、自分達の利益を犠牲にしてまで、地球のために無償で尽くすことができるのだと。 「貴様ら、第二ファウンデーションを気取るつもりか!」 わかる人にはわかりやすい、樺良の糾弾。要するに、歴史を影でコントロールする、秘密組織になるつもりかと、いいたいようだ。 そんな叫びに対し、寝深戸はしかし、冷静にこう答える。 「そう考えてもらってかまわない。なにも、世界を変革するという大事業に、独創性を求めるつもりはない。必要なのは、なにより確実性だ……我々は、多重 寝深戸の説明がおわったところで、まひるが口をひらいた。 「樺良部長、いまの話、たぶん納得できないと思うけど……」 その言葉に、樺良はなにも反応せず沈黙を守る。 「まひる達にはこれが、ベストだって、思えるんです。元は人間だからとか、そーゆーことじゃなくて、やっぱり新しい世界にも、人間の力が必要だと結論しました。納得してもらうつもりも、賛成してもらうつもりもないけど、そーゆーものだと理解してください」 樺良は沈黙を続けた。会見は、そのまま質疑応答になり、鯖斗はこれまで疑問だったことのいくつかに解答を得る。そして、解散となった。 鯖斗的には、《猫と狩人》のプランについては、まあ、こんなもんだろうという感じである。文明レベルはそのままに、人口爆発をさせない社会を造るというのは、多重 すわんに勝ったら、それで万歳というわけにはいかないようだ。むしろ、勝ったほうが大変なのではないか。他人事ながら、 『そーでもないよっ。助けてくれる、仲間がいるもの』 その思考は、突然、鯖斗の意識に割り込んだ。 鯖斗はガタンと立ちあがり、周囲をうかがう。 二、三度、左右を見たが、誰もいない。 だが、ふたたび正面を向いたとき、背後に全身の毛が逆立つような強烈な ゆっくり振りかえると、そこに、ねこ耳としっぽを生やした、学生服姿の少女が立っている。 「 鯖斗はうめくようにつぶやいた。 少女はしっぽをゆらゆらさせながら、鯖斗を見て、いう。 『こーやって、二人でお話するの、はじめてだよね、鯖斗先輩』 「何の……用だ?」 『 そこで、鯖斗は急に気付いた。なぜ、彼女は、鯖斗の思考が読めるのかと。 鯖斗の体に注入された、 『できないよ……今までの 「……!?」 鯖斗には、思いあたるフシがある。 すわんの力と同等の、もう一つの力。 超級幻我の力を狙う、幻影ではい《猫と狩人》の、真の首領の姿。 その思考に対し、 『はじめまして、鯖斗先輩。いまの そこにはここ半年、姿を消していた、王鳥まひるの真の肉体が存在している。 超級幻我と同じ、多重 すわんが超級幻我で刺し貫くべき、相手。 より強い力をもつものは、力の弱い者の精神を自由にできる。 紅浄気によって、精神が守られていたとしても、それは同じことなのだ。 かつて、一度くつがえされた前提が、ふたたび 『これから、鯖斗先輩と、樺良部長の心をのぞきます。そんで、おねえちゃんについての情報をぜんぶ見せてもらいます。どーゆー力があるのかとか……どーゆー弱点があるのか、とかね。それさえわかれば、やっと、おねえちゃんを倒す準備がカンペキになるんだよ』 うかつだった。 鯖斗は猛烈に後悔した。 あそこで、《猫と狩人》の面々が、必要以上に一切の能力を使わなかったのは、裏を返せば、会見が終了すれば、いっさい手加減しないという意志表示だったのか。それとも、今夜、鯖斗達を油断させるための芝居だったのか…… 『どっちも、ホントだよ。』 返答の思考。 鯖斗は突発的に、 飛び出した先にあったのは、 空間がねじ曲がっているのか、それとも認識が調節されているのか。 鯖斗は全身に、油汗をかいているのを自覚している。 彼は そこには、きみどり色の、雲ともオーロラともつかない流動体がうずまく、空虚な世界が広がっている。 異空間、のような場所に幽閉されているのか…… 鯖斗の思考に、 瞬間、鯖斗の意識が暗黒に染まる。 光無き空間に浮かぶ、 この日のために、俺……と兄貴は泳がされていたのか。 『そうだよ』 確実に、最強のすわんを倒し、支配するために。 『うん……』 馬鹿げた行為だと、知っているはずだ。 『それをやめることは、 すまない……兄貴のせいで。 『鯖斗先輩の責任じゃないし、それに……そっか、わかってて言ってくれてるんだよね。どうも、ありあとう。』 しかし、こうも簡単に、紅浄気が破られるとはな。 『べつに、効果がなくなったわけじゃないよ。もし何もしてなかったら、わざわざ だが精神的に無防備にされたのは事実だからな……さっさと、済ませてくれ。 『あのね……このことは、明日になったら何も覚えてないから、何も気にする必要は……はい、おわったよ……』 ……じゃあ、とっとと記憶を修正して、帰ってくれ。 『樺良部長の記憶をの意識をのぞいたらね……それとさ、全然カンケーないんだけど、ちはるお姉ちゃんのことで……鯖斗先輩、その……』 !?……千春御さん?彼女がどうした。まさか、彼女とすわんを闘わせるつもりか!一体、どうやって? 『ううん……そうじゃなくて。いや、そーなんだけど……ちがうの。あのね……』 ……? 『……やっぱやめとく……忘れて』 鯖斗は忘れた。その記憶だけ先に。 次に認識が回復したとき、鯖斗の部屋に立つ かつて、 『ふーん。初出超級幻我かぁー。けっこう、使えるかもね……』 そういいながら、 おもわず状況をわすれ、 現代の超級幻我がもつ、無骨で荒々しい力強さはなかったが、流れるようなラインの優美な剣は、これもまた超級幻我として、一つの完成型を示していた。 鯖斗は それは避けたいことであったが、阻止する手段が思い浮かばない。 なにからなにまで、一方的な敗北である。 一本、取られたな。 素直にそう、思いかけた時、鯖斗はトンでもないモノを目撃してしまった。 鯖斗の意識が、瞬時に沸騰する。 「ぃやめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」 論理性とか有効性とか、そういうこととは無関係に絶叫した。 やばい、やばい、やばい、やばい。 マズイ、マスイ、マズイ、マズイ。 やめろ、やめろ、やめろ、やめろ。 この瞬間が、 なんて奴だ。 同情など、すべきではなかった。 しょせん、洗脳に従うだけの、ケチなメス猫だったというわけか。 あんなものを見せられたら、樺良は鼻歌まじりに恥辱の接吻でもやりかねない。 てゆーか、百ぺんまわってワンワン鳴いて、ヘリコンの格闘技、ツィストの演舞を十セットこなしてから、軽やかなステップで土下座してでもやりやがるだろう。 やめろぉ、 やっていいことと、悪いことってのが、あるだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! こんのぉ、クサレ獣人ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!! 頼むぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ、それだけはぁ!! やめれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 涙声の絶叫が、虚無の空間に響いていたが、 十八
同刻、王鳥家。 すわんとまひるの部屋は、八畳間の和室を、アコーディオンカーテンで二つに区切り、使っている。 いざという時は、区切りをなくして大きな部屋にできるというメリットがあったが、ここ数ヶ月は、ずっと閉じられたままだった。 すわんは収納式のベットの中で、じっと今日のことを考えている。 仕切りのむこうでは、まひる……いや その幻影が放つ、 強大な力を内包する だからすわんは、虫の音がひびく闇のなか、ただ自分の思考に埋没していた。 『ね、ゲンガ……いる?』 彼女は超級幻我の精、剣に半憑依する、多重 『……なんだよ、すわん』 めんどくさげな、ゲンガの声。 最近、彼はあまり、すわんの意識に登場しなくなっている。 もういい加減、自分の判断だけで闘えるのだが、やっぱりイザという時に、相談役がいるというのは心強かった。 『今日の話、聞いてたよね』 『ああ……』 『……ゲンガの力ってさ、結局まひるの力と同じなんだね』 『……そうだ。オレは、 『んで、そーゆーことを、やっと、わたしが理解できたってコトね』 『ま、そーゆーこったな』 『んでさ、ゲンガ。アンタって、まひるや超級幻我に宿る前は、どんなヤツだったの?……幽霊?神様?……それとも、悪魔?』 『いろいろだ。それを決めるのは、オレを認識したヤツ次第だからな』 『だれかに造られた、ってこと?』 『だれって、わけじゃないが……オレ達ってのはさ、こうかもしれない、こーだったらいいなって、願望みたいなモノのが、積もりつもって力を持った存在なのさ』 『妖怪?』 『それも、含んでンだよな。昔のヤツは単純だったから、ちょっとした暗闇とか、木や石っコロに、もののけとか、妖精、みたいなモノがいると信じてた。最近は宇宙人だの、超能力だの、霊魂だの、ちょっとばか大袈裟にはなったが、基本的に魔法みたいな、今の知識では理解できない、何か、神秘的なモノが、どこかにあったらイイなって願望が、みんなそーゆーのに力をあたえてンだ』 『だって実際に、そーゆー力、あるじゃない。わたしもまひるも、それで闘ってるのよ』 『じゃあ、 『実在もナニも、こうやってアンタと話してるじゃん』 『だからさ……そーゆーモノがあるに違いないって、強烈に願うヤツがいたとしたら、そう思うことで、それが実在する世界を生み出してしまうコトがあるんじゃないかって、いってるのさ』 『たとえば、樺良先輩とか?……でも、思っただけで事実になるなら、もっとヤバいこと考えてる人、いるんじゃないかなぁ。そんなのが、いちいちホントになってたら、世の中ムチャクチャじゃない?』 『そーだな、うーん……いやぁ、すわんの知識の範囲内で説明するのって、結構めんどうだな』 『どーせ、わたしはバカで都合のいい、チャンバラ小娘ですよーだ』 『いや、誰もそこまでいってねーよ。ま、結局よ……すわんが見て聞いて、感じたこと、体験したことは、オマエにとっては事実だろう?』 『とーぜんじゃない』 『でもそれは、すわんっていう、人間がいるから存在する事実なんだよな』 『……うーん。それって……ヘンじゃない?だって、わたしが見てなくても、あるものは、あるはずじゃない』 『それを見たのか?』 『……見てないモノが見えるわけ、ないじゃん』 『オマエならわかるだろ。剣でブチこわした人やモノが、オマエが見るのをやめた瞬間、つまり認識を中断した時に、破壊の事実は事実でなくなる。つまり、オマエの認識が、オマエの存在する世界の定義を決めてるんだ』 『エエッ、そーゆーことなの!』 『そーゆーことなンだよ。つまりだな……いいか、よく聞けよ。オレは、多重 『え、えーとぉ。わたしたちが、ゲンガがホンモノだって信じてるから、ゲンガはホンモノってこと?』 『そうだ!その通りだ!!賢いじゃねえか、すわん』 『エヘン!』 『フツーはな、一つの意識が生み出せる存在なんて、たかが知れてる。この世界を動かしてる法則なんてものに、おいそれと手を出すことなんてできない、はずなんだ。どーやってンのか知らねぇけど、樺良やまひるは、その方法を知ってるらしいンだ。ゲームのキャラクターが、ゲームの世界を冒険するだけじゃなくて、自分を動かしてるプログラムそのものを、派手に書き換えようってンだからな。こいつぁ、あの時とおなじぐらい、オオゴトだぞ!』 『……なんか、ゲームのたとえのほうが、わかりやすいよ……んで、あの時って、なに?』 『ああ……人間の認識ってのはな、《猫と狩人》だの、超級剣姫だのいう前に、もっとトンでもないことをやらかしてるのさ……』 『なによ、それ。』 『……なぜ、オマエたちは、そこに存在してるんだ?都合のいい土地、都合のいい資源、都合のいい地球、都合のいい太陽、都合のいい銀河、都合のいい宇宙。この世界そのものが、人間が存在するために、おあつらえ向きすぎるとは、思えねぇか?』 『都合がいいから、人間が生れたんじゃないの?』 『逆は、考えられねぇか?』 『ぎゃく?……たまたま、おあつらえ向きだったから、じゃなくて……わざわざ、おあつらえ向きにさせた?……まさか!?……人間が存在してるから、この世界があるって……いいたいの?』 『そうだ……人類の歴史っていうシナリオを、ゲームの世界で遊ぶために、人間という種族の存在意識はまず、ゲームの世界そのものを造っちまったたのさ。自分が、冒険しやすいようにな。おっ、いい言葉を知ってるじゃねぇか……我思う、ゆえに我あり、ってヤツだ』 『そんなバカな……おかしいよ、それ。順番が、逆じゃない』 『未来が過去に干渉するなんてことは、べつにヘンなことじゃない。そもそもオレを構成する多重 『……』 『……ここはよ、人間の存在意識が、自分が存在する宇宙を定義しちまった世界だが、今度は それきりゲンガは黙ってしまう。 すわんはベットの中で、天井を、闇とは無関係な視力によって見つめていた。 天井材の、細かなデコボコまでよく見える。 アコーディオンカーテンのむこうで、まひるがムニャムニャいいながら、寝返りをうつ気配がした。 さっきの話で、すっかり目が冴えてしまっている。 すわんには、ゲンガの話がまったくチンプンカンプン、というわけではなかった。 彼は、すわんの精神によって構築されているのだから、ゲンガが説明できれば、すわんには理解することができるはず……なのだが、さっきの話は今一つ、ピンとこない。 とりあえず、そういうものだと理解はしたが、自分の使う、反則っぽい能力が、実はこの世界そのものにかかわる力でした、なんて言われても、ねえ…… この世界そのものが、人間の意識によって定義されたなんてことが、ありうるのだろうか? 実際、そういうことを真面目に研究している学問もあるのだが、むろん、彼女は知らない。 なんとなく、自分が一番と思い込みたい人間の、勝手な妄想のようにも思える。 まあ、よくわからないことを、ウダウダ考えても仕方がないので、すわんはもっと、現実的なことを考えることにした。 今日の会見で、気づいたことがある。 まひる達が勝利したらどうなるか、それはわかった。 とても、はい、そーですかと受け入れられるようなモノではない。 ナンとしても、 では、すわんが勝ったら、世界はどうなるのだろうか? すべてもと通りで、めでたしめでたし、なのか? では、もと通りとは、いったい、いつの時点でもと通りなのだろう? まひるが 樺良が それとも、すわんが生れた時? いや、その気になれば、百年前や千年前、それどころか、地球や宇宙が誕生した時にだって、戻せるはずだ。 まひるが勝てば、世界を変えられるという。 ならば、すわんが勝っても、同じことができるのではないだろうか? 壊したことを、なかったことにできるのだから、本当はなかったことを、あったことにするのもアリなのではないか? こいつはすごいゾと、すわんは思う。 確かにすごいんだけど、では、どうすればいいのか、さっぱり見当がつかなかったので、とりあえず寝た。 十九
「うぎゃぎゃわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 樺良は絶叫している。 鯖斗の部屋を後にして、 さっきと同じ手順で、ちょっと相手の表層心理を読み、ひるんだスキに、相手の精神に進入する。ここまでは、うまくいった。 だが、情報が引き出せない。 精神の重要な部分に、プロテクトがかかっているのだ。 こんなものは、鯖斗にはなかったはずである。 かつて、 そういえばさっき、僕は、おまえ達のド素人な陰謀を、ただ黙って見ていたわけではないぞ、てなことをいっていたが、あれは、このことを言っていたのか。 カギのかかった扉を、ものすごい力でこじ開けようとしているようなモノである。なまじ、扉が頑丈にできているものだから、そのひずみによって、発狂してもおかしくないほどの苦痛を感じているようだ。 どうなろうと元に戻す自信があったので、まったく手加減しているつもりはないのだが、このままでは肝心の情報が得られそうにない。 それまで樺良は、全身汗および、各種、体液まみれで床でのたうちまわっていたのだが、急に苦痛がなくなり、濡れた服はクリーニングされ、きしんだ体がシャンとなる。ちなみに肩コリも、ほぐれている。 すわんほどではないが、 「ふっふっふっ。わかっただろう。この僕の、 胸をはって、斜め四十五度のポーズをとる樺良。 端正な顔を持つ少年は、全身に傲慢さを満たし、いつもの自分をとりもどす。 さっきの醜態は、樺良的になかったことになったらしい。 『こまったなぁ~。 なぜか その不自然さを、見逃す樺良ではない。 「何を考えている……貴様ごときが、どのような策を用いようと、遅れをとりはしないぞ!!」 決意と理想に燃える、ますぐな瞳。 それに遅れをとるまいと、 『樺良部長……部長ならきっと、 樺良は何もいわず、軽く首を左右に揺らした。 『そーですか……ふぅ』 いや、別に計画をあきらめたわけではない。 当初の予定どおりに、やらねばならない、ということなのだ。 やっぱり、ヤルしかない。 眼を閉じて、ラジオ体操第一の最後でやる、深呼吸の動きを三回。 すぅーはぁー すぅーはぁー すぅぅ~はぁぁ~ それから三秒ほど、静止。 『ええーいっ!!』 舞う髪の下にはただ、ねこ耳の根元があるばかり。 人間の耳は一切、なかった。 しばらく、沈黙が続く。 だが、なにも起こる気配がないので、恐るおそる眼を開けてみた。 眼前に、樺良の顔がアップ。 びっくりして飛び退いた 樺良が そこには、曇りのない、純粋な瞳をまっすぐに向ける、少年が一人。 見つめると失神しかねない、あでやかな笑み。 そして樺良は、 「愛らしい……」 恍惚とした表情で、樺良は びくびくぅ~と、悪寒が走る。 ふと気づくと、いつのまにやらベットの縁まで追いつめられていた。 いや、べつに怖がる必要はないはずなのだが、はっきりいってマジ怖い。 樺良はそのまま、 『ちょ、ちょっとタンマ!』 即座に樺良は、 だが、彼の甘いマスクは崩れない。 「いいのかい?僕を受けいれなければ、君は必要な情報が得られないのではないかな?」 『み、耳がふたつの 「無論、教えてあげるよ。君になら、安心して世界を任せられる……僕の予想をはるかにこえて、活躍してくれたね。ご苦労様……だけど、君の考えはわかっている。残念だけど、いまの君は、僕を愛してはいないね。その姿を見せれば、僕がすぐ君のいいなりになると考えたのだろう。その考えは正しい……でもね、君がそういう思惑なら、僕もタダで情報をあたえるわけにはいない……なにがいいたいかわかるだろう?君が見かけほど幼くないのは、最初からわかっている。そしてこの半年、君はありとあらゆる人間の欲望というものを、 そういって、樺良はまひるに顔を近づけはじめる。 『はれれ?』 樺良の言葉に動揺するあまり、いつのまにか いや、今日はじめて、本気で困っていた。 鯖斗がなぜ、あれほど狼狽したのか、心底、納得する。 ホントに 飛び道具をちらつかせる相手を、完璧に見くびっていた。 まさか、こう来るとは…… 《猫と狩人》の理想を実現するためには、あらゆる障害を排除しなければならない。 その最大の障害は、無論、すわんであるが、完璧に彼女を倒せるという確信がないまま、最後の敵をぶつけるのは、あまりにも軽率である。理屈でどれほど成功が約束されていても、つねにそれを上まわる力によって、予想をくつがえされてきたのだ。 実際、あの反乱事件がなければ、ここまですわんが強力になることはなかった。《 ここはひとつ、すわんを倒せると確信できる手段が、どうしても必要だった。 つまりこのまま、樺良を放っぽって帰るわけにはいかないのである。 樺良は思い悩む だから、わかっていながら、樺良を拒否できない状況に彼女がいることも、把握している。 仕方がないのか? これを拒否することは《猫と狩人》の理想に反してしまうのか? 肉体的な こういうことが、あったという事実も、すわんの力を手に入れられれば、なかったことにできるだろう。 それもすべて計算ずくで、樺良はこの提案をしているのだ。《猫と狩人》なら、受けるべきなのだろう。 できないわけじゃない……でも、イヤなものはイヤだ。 たとえ、すべてをなかったことにして、みずからをも調節し、忌まわしい記憶を二度を思い出さずにすむとしても、いまこの瞬間、樺良に身をゆだねるのは、絶対にイヤなのである。 しかし、彼女には、それを拒否する権利は認められていない。 拒否することは、禁止されてしまった。 長い葛藤のすえ、 樺良の情熱的な瞳がゆっくり、近づいてくる。 まるで吸い込まれるようだ、 涙が、ポロポロこぼれる。 眼を閉じて、 二十
しばらく体を堅くして待っていたが、しかし、なにも起こらない。 眼をあけると、樺良は 事態が把握できず、きょとんとしたまま、 『あの……』 なにかいう前に、樺良の手がのびる。 あっけにとられ、なにもできない ぢーん、と派手な音をたてて、 「自分でも驚いているよ……」 樺良は独白めいた言葉を口にする。 まだ、にじんでいる 「君の姉を倒す方法が知りたいんだろう。その鍵は外してある。好きにするがいい……」 誓っていうが、 もし、そんなことをすれば、情報は永遠に失われてしまうように、樺良は自分を調節している。 だからこそ、樺良を拒否できなかったのだ。 求める情報は、あっさりと手に入った。 だが、樺良の奥底にある本当の気持ちは、いぜん閉ざされたままである。 『なんで……何もしなかったんですか?』 その必要はなかったが、 こんなことをして、樺良に何か、メリットがあるとは思えない。 「わからない……でも、君の心を傷つけたくなかったんだ……」 胸が、きゅんとする。 そのとき急に、 樺良の感覚を、普通の人間の感覚にスライドさせれば、少しは理解しやすくなるだろう。 ケモノ耳の半獣人を人間に、チキューケナシザルこと人間を、サルにおきかえてみる。 樺良にとって、人間はみな、サルなのである。 そして、ケモノ耳の半獣人こそ、彼にとっての人間なのである。 彼は、サルの集団の中で、人間になることを夢見ていた。 自分は、そして自分の愛するものは、人間であってほしい。 そして、自分がサルでしかないことには眼をつぶり、存在しない人間を探し求めた。 それが叶わないと知ると、今度はサルを人間にする方法を開発しようとする。 半憑依という技術によってそれは実現したかにみえた。 だが、その実験はみじめに失敗する。 その人間には、サルのしっぽ、つまり、人間の耳が残っていたのだ! 四つ耳なんて、ねこ耳じゃない……つまり人間レベルでいえば、しっぽの生えた人間は、人間じゃない、サルのできそこないだと、言いたかったのである。 できそこないの人間なら、いっそサルのほうがマシ。 そう考えて、しっぽ人間の野望を、棍棒を使うことを覚えたサル──つまり、すわん──に協力することで、阻止しようとしたのだ。 そして今日、その忌まわしいしっぽ人間が、樺良の前にふたたびあらわれ、今度はしっぽがないのを見せびらかす。 彼の前に、はじめて完璧な人間が出現したのである! 樺良がはじめての人間に求愛するのは、至極当然といえた。 愛情で人間を動かせないことを知っている彼は、人間が拒絶できない状況を創り、追いつめる。 計略は完璧に成功した。 人間は、サルに屈服したのである。 そこで、樺良は気づいてしまった。 人間をセコい悪知恵で征服しようとする、卑しいサルの姿に。 僕は所詮、みじめなチキューケナシザルなのだ。 その事実を そのつもりはなかったが、結果的に泣き落としで目的を果たしてしまったようだ。 樺良の考えは、知識として知ってはいたが、今日はじめて、それを実感として理解できた気がする。 だが、まひるは、このまま帰るつもりはなかった。 まだ、ヤリ残したことがある。 『樺良部長……』 「君……どういう?」 困惑する樺良。 その口を、 『 そういいながら、彼女はさっきと同じように、両手の親指で髪をかき上げ、ねこ耳の根元を露出させると、眼を閉じて、うーん、うーんと唸りはじめる。 どうすべきか思案していた樺良が、とりあえず くるるるるるるるるるる~きゅぽんっ!! ぷりちーな音を立てて、 「ギャワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」 絶叫が響く。 やっと会えたと思った完璧な人間体に、急にサルのしっぽが生えたようなモンである。 どさり。 泡を吹きながら、樺良は昏倒した。 『ゴメンなさい、樺良部長……この記憶は全部、消しとくからね……』 そういって、猫 闇に浮かぶ谷々邸を前に、 これでよかったのだと、納得している。 それが、当初の予定、だったのだから。 ようやく、最後の闘いの準備をすることができるのだ…… 仮に、あらゆる記憶を消去したとしても、一度でも二つ耳の《猫と狩人》が存在することを記憶すれば、どんなことがあろうと、樺良君は、その記憶を取り戻すと確信します。これは、理屈ではありません。彼の信念は物理法則すら陵駕しています。そもそも彼の執念が、現在の我々を存在させているのですから……それでは、こちらに情報が漏れたことを、超級剣姫に気づかれることになります。情報戦で優位を保つためには、彼を絶望させ、二度と記憶を呼び起こしたい、などという気にさせないことです。その上で、樺良君の記憶を調節すれば、彼が記憶を取り戻すことはまずないと思います。その点だけは十分、注意してください。 多少、予定外の事態は発生したが、おおむねこの計画は成功した。 忠告に従い、樺良の記憶は特に、念入りに消去してある。 だが、樺良に四つ耳の姿を見せ、絶望させたのは、不愉快な思いをさせられた仕返し、というのとは、チョットちがった。 それは、どちらかというと、 無論、 すべての原因が、樺良の歪んだ理想にあることを。 彼が愛しているのが、王鳥まひるではなく、二つ耳の 樺良が自分だけの世界に閉じこもり、ケモノ耳の少女だけに愛情をいだく、変態美形であることを。 ようは、ケモノ耳がありゃ、誰でもイイのだ。 そんなヤツを、一生のパートナーにできるわけがない。 だけど…… だけど、 樺良が純真ではないとしても、ねこ耳を愛するキモチが、純粋であることを。 そんな彼の心を、ホンの少しだけ、理解してしまったことを。 そして、歪んだ愛情を押しつけようとする樺良の純粋な瞳に、ちょっぴり、心ひかれたことを。 けどそれは、一夜だけのあやまち。 美形に迫られて、なりゆきで、その気になりかけただけ。 てゆーことにして、このことは、 それが、イイ女ってモンだよね……ちはるお姉ちゃん! |