新井政美著『オスマン帝国はなぜ崩壊したのか』を読んだ。
俗にオスマントルコ帝国なんていいますが、当時帝国を運営していたひとびとの意識として、「トルコ人」というものはなく、トルコ語とイスラム教をよりどころとしつつも、さまざまな民族、宗教を包含した「オスマン人」という認識が強かった。オスマン帝国のエリートからみれば、トルコ人とはアナトリア(小アジア)に住む田舎者でしかない。多民族、多宗教国家であったオスマン帝国の領土が、西欧列強によって蚕食され、つぎつぎと独立していくなかで、残された地域がアナトリアであり、そこに住まう人々を「トルコ人」と定義して、ナショナリズムのもとに成立させたのが、現在のトルコ共和国。「トルコ人」という概念がうまれたのは、ほんの百年たらずのことなのです。
いぜんトルコ旅行へいったとき、現地のガイドさんが、なにかにつけて「トルコでは!」と、お国自慢をしていたのですけど、つまりコレがナショナリズムの成果ということなんでしょうね。
本書は、オスマン帝国末期のトルコ人思想家に焦点をあてて、崩壊する帝国のなかでいかにして近代的なトルコ国家を思想的に定義したかを描いています。近代トルコというと、トルコ共和国初代大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルクの活躍が有名すぎて、それ以外の方々の活動が、いまいち見えてこないのですが、本書をよむと、さまざまな思想家が議論をたたかわせ、現状とすりあわせることで、いまのトルコ共和国の方向性がさだめられたことがわかります。
単一民族でも、単一宗教(宗派)でもない土地を、「トルコ人」の国家として定義することは、いろいろ無理があり、そのほころびが現在もあちこちで噴出しています。西洋にみとめてもらおうと、近代化にとりくむオスマン帝国末期のすがたが、現在のEU加盟を悲願とするトルコ共和国と、かさなってみえました。自身の理想とする評価を周囲から獲得するのは、とても大変です。